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江戸の力を見せつける

『改革を断行した長耳の人 徳川吉宗 ―平成大改革のリーダーに求められる条件』 八尋舜右著 ごま書房新社 1200円(税抜き) 

  • 松島 駿二郎

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2009年3月27日(金)

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『改革を断行した長耳の人 徳川吉宗 ―平成大改革のリーダーに求められる条件』 八尋舜右著

『改革を断行した長耳の人 徳川吉宗 ―平成大改革のリーダーに求められる条件』 八尋舜右著

 徳川幕府成立からほぼ100年が経とうとするとき、時の七代将軍吉宗は大規模な構造改革に乗り出した。幕府の主な財政源だった金銀の鉱脈が途絶え、さらに打ち続く凶作や、歴代の放漫財政がたたって、幕府財政が逼迫し始めていた。振興著しい商人たちに大きな借財をして、かろうじて、幕府は維持されているというのが実状だった。

 吉宗は徳川御三家の1つ、紀州藩の藩主の四男として生まれた。しかも嫡出ではなかった。ほとんど、捨て去られても仕方のない境遇だった。

 ところが、兄弟が夭折し、将軍も早死にし、運命の巡り合わせで、吉宗は紀州藩主になってしまった。藩主になった吉宗は、厳しく倹約を説き、多額の借財を返済し、藩の財政復活を成し遂げた。

 吉宗の財政手腕に目を付けた幕府は、七代将軍に推挙した。将軍職に就いた吉宗はその後改革派の将軍として、29年に渡って幕政を司った。

 吉宗は、サブタイトルにもあるように「長耳の人」と言われた。肖像画を見ても両耳が異様に長いことが分かる。その耳を利用して、積極的に情報収集に取り組み、政治に反映させた。

 幕府や藩主は、自前のスパイ組織である「お庭番」を持ち、情報収集に努めた。吉宗は「お庭番」を強化した。そして、持ち前の倹約令、奢侈禁止令などで緊縮財政に励んだ。

 幕下の人たちの意見を集めるべく、目安箱を設置した。誰でもがその箱に自分の思うところを書いて放り込めばよい。将軍様はそれらの意見をいちいちお読みになり、施策の参考になされるであろう、というのが、目安箱設置の趣旨だ。

 将軍に意見を直接伝える直訴は、当時は死罪であった。目安箱は死罪を恐れることなく意見を直接将軍に訴えることが出きる。なかには誹謗中傷の手紙も投げ込まれたが、銅板を張った箱は大いに庶民に歓迎された。

 目安箱を設置した当日、裃(かみしも)に身を固めた下級武士が書類を恭しく投入したのを見て、「これはお上のお手柄だ」と誰もが思ったという。

 では、ここで吉宗の大胆なリストラについて。幕政では大奥が絶大な権力を振るっていて、大きな財政負担となっていた。吉宗は大奥に大鉈を振るうことにした。大奥は将軍に対して、自立的な人事権を持っていた。その人事権に挑んだのだ。

 大奥を取り仕切っていた老女を呼び、局の中から美女50人を選んでくれ。と命じた。老女はいよいよ側室をお迎えかと思い、いそいそとリストを作った。

 吉宗はそれを見て、これらの女性を家に戻せ、と命じた。このような美女なら、どこでも、嫁のもらい手はおろう。名簿にもれた女性たちはそうもいくまいから、今後大奥での勤めに励むよう、と命じた。リストラの秀逸な方法であろう。

 日本政治のリーダーたちよ。徳川吉宗に倣いなさい。大奥のリストラは、手強い官僚人事に立ち向かう方法でもある、と著者は示唆する。

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