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東京駅前・ブリヂストン美術館で西洋美術を応援する!

名画でも「つまらない絵はつまらない」から始めよう

  • 赤瀬川 原平,山下 裕二

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2009年4月3日(金)

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ブリヂストン美術館入り口にて。「名画と出会う-印象派から抽象絵画まで」は4月12日まで。4月21日からは「マティスの時代-フランスの野性と洗練」が始まる。

上京したら、まずは美術館

山下 実はブリヂストン美術館は、東京で戦後いち早くできた美術館なんです。案内してくださった学芸員の貝塚健さんが1952年の開館と言ってましたね。

赤瀬川 上野の国立西洋美術館ができるずっと前でしょ。

山下 ということは、本格的な西洋美術を見られる所は、当時の東京ではここしかなかったんですね。まだ赤瀬川さんが上京する前ですが、東京にこういう美術館ができたということは知ってたんですか?

赤瀬川 たしか「美術手帖」で読んで、ああ、東京に見たい美術館ができたって。

山下 じゃあ上京してすぐに……。

赤瀬川 ええ、たしか1955年かな。

山下 ここは、今でも常設展示がきちっとしている数少ない美術館ですけど、これが個人のコレクションが元になっているからね。すごい。

赤瀬川 当時これだけ集めたというのは大したもんですよ。

山下 そうですね。ブリヂストンの創設者である石橋正二郎氏は家業の仕立物屋を継いでから、地下足袋専業になり、さらにタイヤへと事業を拡大していったとブリヂストンの社史にあります。

創立者・石橋正二郎氏のプレート。1952年(昭和27年)石橋正二郎の個人コレクションを公開するために、ブリヂストン美術館は開設された。

赤瀬川 地下足袋からタイヤへという道筋がいいですね。

山下 地下足袋って裏にゴムを貼るでしょう。そこから、同じゴムならこれからはタイヤだ、となったそうですよ。地下足袋から世界のブリヂストンになり、一方で個人として地元に学校を作ったり、美術館を作ったり……。

50年経っても絵の配置を覚えている

赤瀬川 入ってすぐの右側にモネの「雨のベリール」っていう海と岩の絵があってね。正面にマネの自画像があったんだよね。

山下 半世紀以上経っているのに、絵の掛かっていた場所まで覚えているってすごいですね。

赤瀬川 うん、それは覚えてるね。やっぱり本物を初めて見た体験っていうのはねえ……。

で、モネは知ってるけど、その海の絵はその時は素通りした(笑)。左に行くとセザンヌとかゴッホのある部屋で、当時はね、そっちの方に傾倒してたから。でもゴッホは一点しかないのが寂しくて。あの頃はモネはあんまりピンと来なかったんですよ。

山下 「ぬるい」、とか思ったんでしょう。

赤瀬川 なんかね、そう思ってたの。

山下 「思想がない!」なんて思ってたんでしょう(笑)。

赤瀬川 そう。思想がないじゃないか、これじゃ単なる風景画じゃないかと(笑)。

山下 当時は、思想がないのはいけないことだったんですよね。人間のありようとして許せない。

赤瀬川 そりゃそうですよ。社会主義リアリズムの時代だから。

山下 ケーテ・コルヴィッツ(*)とかね。

赤瀬川 そう。でもケーテ・コルヴィッツは、僕はいまでもいいですよ。

山下 赤瀬川さんが高校生の時に描いた油絵っていうのは、社会主義リアリズム的な、ものすごく暗い、貧乏臭~い絵ですよね。

赤瀬川 そうなんですよ。その頃はね、暗いのこそがよかった。

 それからネオダダ(*)とかハイレッド・センター(*)とか、アバンギャルド(*)をやって、ちょっと自分の勢いが落ち着いた時にね、当時「太陽」の編集だった嵐山光三郎さんにふつうの展覧会を見て何か書かないかって言われたんですよ。僕は、評論家じゃないし……と思ったりもしたんだけど、改めて観たら、案外面白いものはあるかもしれないと思って。それで、まずブリヂストン美術館へ行ったんですよ。

 そうしたらね、モネが……。最初に行ったときには、ああ、と素通りしていたモネが輝いて見えたの。全然見え方が違った。えーっ、すごいなぁと思って。

 初めて見た時から多分10年位経ってたんだけど、展示位置は全然変わっていない。

 入ってすぐの右側にあってね。でもその輝きを見て、ショックを受けて、ああ、自分が変わったんだなぁと思って。

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