「シネマde青春」

「わたしを愛していると言ったわ」「そのときは本当に愛していた、きみは素晴らしい女性だからね」
〜第24回:セレブリティ

「本当に最低な男ね」

バックナンバー

2009年4月10日(金)

1/7ページ

印刷ページ

 好きな映画監督の1人にウディ・アレンという稀代の天才がいて、天才が故に少し変わっている人らしい。会ったことがないからわからないが。あくまで噂で聞いた話。噂を信じちゃいけないよ。特にウブな人を話題にするときは。どうにも止まらなくなるから。
 その天才の作品をいずれはひとつ選ばなければならないと思いつつ、ずいぶん長いこと考えていたが、どうにも思いつかない。作品も多い。それに、私は映画好きだが映画通ではないから彼の作品の全てを観ているわけでもない。

 しかし、気づくとライブラリーにはウディ作品が並んでいる。

 さて、どの作品を取り上げるべきか――?

 「アリス」「おいしい生活」「カイロの紫のバラ」「カメレオンマン」「スターダスト・メモリー」「世界中がアイ・ラヴ・ユー」エトセトラエトセトラ――、50音順に並べてみて、サ行で私の手がとまった。

 「セレブリティ」である。私は大好きな映画なのだが、世の“映画通”の方々の評価は何故か低い。ウディ作品にしてはデキはいまひとつ、というような声をよく耳にし、だから今回はこの映画を取り上げることにした。

 主人公は、冴えないフリーライターを演じるケネス・ブラナーだ。その別れた妻役にジュディ・ディヴィス。別れた夫婦の“その後”がそれぞれの視点で描かれた映画だが、脇を固める出演者にレオナルド・ディカプリオ、シャーリーズ・セロン、メラニー・グリフィス、ファムケ・ヤンセン、ウィノナ・ライダー、ベベ・ニューワースといった俳優陣が名を連ねている。

 どんな映画に出演しているか、説明がいらないほどのビッグネームばかりなのだ。

 むしろ主人公の2人のほうがよほどの映画好きでないと知らないくらいで、しかし、ケネス・ブラナーは“ローレンス・オリビエの再来”と評されたほどの本格派で、ジュディ・ディヴィスもアカデミー賞へのノミネートをはじめ、全米批評家協会の助演女優賞を受賞している実力派だ。「地球は女で回ってる」というエディ作品でも主役を演じている。ちなみに、オーストラリア国立演劇学校ではメル・ギブソンの同期。

 地味な2人に主人公を演じさせておいて、文字どおりの“セレブリティ”が脇を固めた映画が「セレブリティ」だ。キャスティングの時点でウディ・アレンという天才の企画力に舌を巻くばかりなのである。

 この映画が製作された3年後に「オーシャンズ11」が製作された。

 ご存じの方も多いと思われるが、これは「オーシャンと11人の仲間」のリメイク版だ。主演のジョージ・クルーニーを中心に、これでもかというくらいの“超豪華”ゲストで固め、シリーズ3作目ではアル・パチーノまで引っ張り出してもいる。

 だが、オーシャンシリーズの成功は、実はウディ・アレンの「セレブリティ」がモデルになっているのではないかと疑ってしまったほどだ。

 映画「セレブリティ」は、有名人がセレブリティを演じている。セルフパロディかと思ってしまうほどに、有名人が有名人の滑稽さを演じている。これが日本なら、芸能プロダクションの圧力がかかって、絶対に映画化すらされないだろう世界をお茶目に描いている。

 ウディ・アレンという天才は、人をおちょくってんのかというような映画を撮る映画監督なのだ。

 しかし、そこにあるのは、ギャグと風刺と真実だ。

 何という私好みの監督。好きな人にはたまらなく好きな監督で、気づくと中毒になるのである。

*   *   *

 ベートーベンの「運命」にのせて、ニューヨークの空に、セスナ機が煙幕で文字を描いている。

 空に煙幕で描かれた文字は、HELP――。

 映画の撮影シーンだ。映画の中で、映画が撮影されているのである。空に描かれた文字を見て、映画の中の映画の主人公が作戦の失敗を知るという設定らしい。その主人公を演じているのがニコル・オリバーという大女優。携帯電話にキャンプデービッドから直接電話がかかってくるほどのセレブリティだ。演じているのがメラニー・グリフィス。

 フリーライターのリー・サイモンは、撮影が終わるのを待っている。このあとニコルの単独取材をすることになっているのだ。

 このリー・サイモンというライターを演じているのがケネス・ブラナーだ。誠実な男には違いないのだが、自分に正直すぎて結果的には不誠実だったりお調子者と思われてしまう不幸な男なのである。16年連れ添った女房とも離婚したばかり。40歳だってのに。

 撮影待ちのあいだに、リーはエキストラ役の女性に声をかける。

「きみ、前にどこかで会わなかった?」
「会ってるわ。わたしがバイトしているソーホーのお店で」
「すごい記憶力だな、あの店に行ったのは何カ月も前だってのに。でもきみの顔ははっきり覚えてるよ。いまは女優をやっているのかい?」
「エキストラのひとりよ」
「なるほど。それで、仕事が終わるのは何時?」

 誠実ではあるが、自分に正直だからこういうことを訊いてしまう男なのだ。

「お店に連れてきた黒人の美女は恋人?」
「誤解しないでくれ、彼は女装したオカマだよ」
「きれいだったわ」
「女装趣味のゲイを取材してたんだ、ぼくが連れていた“美女の恋人”は男さ」
「レストランのバイトなら夜中までよ」
「ぼくの想像だが……、きみの両親は金持ちで、きみは神経症で分析医通いだ」
「いい線だわ。神経症じゃなくて不眠症だけど、ほぼ正解」
「店できみを見て思ったんだ。きみは男泣かせの美人だ。夢のようだったよ、だからきみの顔を覚えていた」

 ライターというのは、口が巧いのである。

ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。


関連記事

Feedback

  • コメントする
  • 皆様の評価を見る
内容は…
この記事は…
コメント56 件(コメントを読む)
トラックバック
著者プロフィール

降旗 学(ふりはた・まなぶ) 

ノンフィクションライター。1964年、新潟県生まれ。神奈川大学法学部卒。英国アストン大学留学。96年、第3回小学館ノンフィクション賞・優秀賞を受賞。主な著書に『残酷な楽園』『敵手』『松坂大輔 証明』他、剣崎学のペンネームで書いた『都銀暗黒回廊』など。
近著は『草野球をとことん楽しむ』(新潮新書)。 本ウェブ連載「長目飛耳」をまとめた『世界は仕事で満ちている』(日経BP社)



このコラムについて

シネマde青春

趣味は楽しむから趣味なのだ。映画もまた、楽しんで観るから娯楽なのだ。たくさん観ているからといって偉いわけじゃない。要は、楽しめたかだ。それがいちばん正しい映画の見方だと私は思っている。・・・それでも、映画を観るたびに考えさせられることや勝手に学んだつもりになることは多々あって、何年経っても忘れられない場面もあれば、解釈の仕方ひとつで何気ない台詞に影響を受けたり、その台詞を借りて自分を励ましたり勇気づけたこともある。だから映画は面白いのかもしれない。そうした場面や台詞を拾い上げながら、私なりに感じたことを徒然に、道草を食いながら綴っていこうと思う。

⇒ 記事一覧

記事を探す

読みましたか〜読者注目の記事

  • いま、歩き出す未来への道 復興ニッポン