「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

2009年4月20日(月)

じゃあ、五輪を承知で委員会

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 自転車で都内を走っていると、五輪招致のための横断幕やのぼりが、23区内の商店街を席巻していることに気づかされる。

 日本だから、できる。
 新しいオリンピック!
 パラリンピック!

 キャッチコピーの眼目は、「日本だから」と「できる」の間に、「、」(読点)を打っているところにある。

 どういうことなのかというと、「ニッポンダカラ」というこの6音節ほどの文字を発声するために、語り手は、息継ぎを要しているわけで、つまり、彼は叫んでいるのである。感極まって、祖国の名をコーリングアウトしているのだ。

 ニッポンダカラ! デキル! と、だから、このノボリを目にする度に、私は、シュプレヒコールに囲まれたみたいな奇妙な気持ちになる。

 おい、大丈夫なのか? オレの街はおかしくなり始めていないか?
 と。

 いつの間に、こんなことになってしまったのだろう。

 この怒号(うん。大げさな表現だ。わかっている)は、つまり東京都の商工会議所の総意が、招致推進で一致団結していることを意味しているのだろうか。

 私にはそうは思えないのだが。

 だって、街場の商店街にたいしたメリットがあるようにも思えないから。2002年の日韓ワールドカップの際も、商店街レベルの店舗にはほとんどまったく何のおこぼれも降りてこなかったわけだし。

 そうこうするうちに、JR渋谷駅前の忠犬ハチ公像には、招致をPRするためのたすきがかけられた(ソースはこちら)。

 お上は、またしてもハチ公を利用せんとしている。
 釈然としない。

 ハチ公の物語自体は、素敵な話だ。私はそう思っている。

 だから、ハリウッドで映画化されることになったという話を聞いた時には、素直に喜んだ。よかったじゃないか、ハチ、と(参考リンクはこちら)。

 ハチは、権力に利用されてきた犬だった。
 戦前は、「忠犬ハチ公」として、修身の教科書のネタになった。

 雨の日も風の日も主人の帰りを待つべく、渋谷の駅頭に通ったハチの忠実さは、日本中のこどもたちに、ひとつの生きた「お手本」として提示された。

 お国のために忠誠を尽くす忠良な国民。国体護持のために命を投げ出す兵隊さん。そして、銃後を守り、戦地に行った父をじっと待つ小国民たち。そういう黙って耐える国民のロールモデルとして、お国はハチの物語とその似姿を銅像として固定したのである。ハチの末尾に、貴人に呼びかける際の敬称である「公」がついたのも、偶然ではない。「公」には、「民の模範たる行状を示せし犬、ハチ」という賞賛の響きが宿っている。深読みすれば、「私」(わたくし)を捨て、「公」(おおやけ)に尽くすのが、犬の身上であり、また民の道である旨を暗示してもいる。

 ん? サヨクの演説みたいに聞こえただろうか。

 私は革命的な人民の権利と団結を叫びたくてこんな話をしているのではない。
 ハチの心情の哀れを思ってテキストを展開しているに過ぎない。

 ハチは素晴らしいヤツだった。だからこそ、その彼の気持ちを銅像みたいなブツに造形して利用する人々の心根を私は憎むのである。

 ずっと昔、ニートだった時代、私はアマチュアロックバンドの座付き作詞家をやっていたことがある。

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著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。


このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

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