「毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド」

毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド

2009年4月30日(木)

28. 感動することによって、人は孤独になっていく。

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 日直のボウシータです。4月1日に始まった「4月病文学入門」も最終回となりました。

 科学史家・村上陽一郎が『あらためて教養とは』(2004)で〈「純文学」と「エンターテインメント」との区別〉について書いている。

私のなかでエンターテインメントと「純」文学を区別する唯一の基準は、こうなんです。エンターテインメント作品は面白いと思わなければ直ちに投げ出しても、それでどうこうはないと言ってもいい。〔…〕しかし、「純」文学作品は、時には「面白く」なくても読み通さなければならない場合がある。
あらためて教養とは』村上陽一郎 著、新潮文庫、540円(税込)

 私は純文学だって、〈「面白く」なくても読み通さなければならない〉などという状況はご免である。それに、〈直ちに投げ出しても、それでどうこうはない〉かどうかを、どうやって判定しているのか、結局村上氏の文ではわからない。

 前々回から、「コンテンツのサプリメント化」について書いてきたとおり、サプリメント化したコンテンツは、手持ちの「おもしろいのツボ」に応えてくれるが、そのためにはコンテンツが言うままのルールに従って作品を楽しむことが強制される。

 いっぽうサプリメント化していないコンテンツは逆に、こちらに新規のツボを開発してくれるが、それを楽しめる人は、コンテンツが言うままのルールで作品を楽しむことを強制されるのが厭だという人だけである。

 きわめて単純化した大雑把な話だけれど、純文学はサプリメント化の度合いが低い傾向がある、という話なのだ。

*   *   *

 文学作品を読んで、人生についてなにやら深遠な洞察を得ることができると考えている人が多いのは、困りものだ。あるいは、文学を読むことがなにか人格の陶冶につながると考えている人が、まだいるらしいのもまた、困った話である。

 たしかに、文学作品を読んだ結果、人生についてなにやら深遠な洞察を得ることができるケースもあるだろう。人格の陶冶につながることもあるかもしれない。

 でもそれはあくまで結果である。

 それは文学を読む目的とはならない。そんなものは、文学を読んだことによって生じる副作用みたいなものだ。

 それを言うなら、下手に文学なんか読んでしまったがために、勘違いして傍迷惑な人になってしまうケースのほうが、はるかに多いのだ。

 だから私は、「文学を読むと、もれなくこんないいことが起こります」というような安請け合いはできません。なんといったって、効き目が遅く、しかもその効き目にひどく個人差のある薬なのだ。

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著者プロフィール

千野 帽子(ちの ぼうし)

パリ第4大学博士課程修了。京都在住の勤め人・俳人。2004年より休日のみ文筆業。著書に、「東京新聞」連載をまとめた『文藝ガーリッシュ 素敵な本に選ばれたくて。』『世界小娘文學全集 文藝ガーリッシュ舶来篇』(河出書房新社)、「野性時代」連載をまとめた『読まず嫌い。』(角川書店)、読書漫筆集『文學少女の友』(青土社)。「讀賣新聞」「野性時代」「ミステリマガジン」「Aspect」にて連載、また「東京新聞」「SPUR」「Figaro japon」「Hanako WEST」「yomyom」「週刊文春」「文藝」「文學界」「すばる」「ユリイカ」「小説トリッパー」「早稲田文学」「ダ・ヴィンチ」「週刊読書人」「活字倶楽部」などに寄稿。


このコラムについて

毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド

この連載は、「働く大人」の読者の疲れを癒し、リフレッシュして勤労意欲を高めるのに向いた文学作品のガイド、では断じてない。そうではなく、こちらが文学の世界に単身潜入して、大人の読者に向けてレポートするものである。ここで取り上げるのは、働くということにまつわる、個別の奇妙さ、ヘンテコさ、そこから立ち上がってくる疑問をうじうじと、ひとつひとつ拾っていく、そんな文学や漫画。私たちが毎日そんなことをしていれば、仕事が立ち行かなくなるから、代りに文学がそれをやってくれている。腸内細菌のようなものだが、腸内細菌と違って、なにかの役に立つという保証がないのが文学だったり漫画だったりするのである。そういうものを紹介する連載だ。だから、仕事中にこっそり読んでほしい。

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