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自由にものを考え、納得できているか

論壇誌の休刊が示す「わたし」の喪失

2009年5月11日(月)

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 総合論壇誌の休刊が相次いでいる。

 昨年は『論座』『月刊現代』の灯火が消えた。

 今年に入っても『諸君!』が5月1日に発売の6月号が最終刊となった。

 論壇誌はもはや使命を終えたと言うことなのだろうか。ブログなどのネット論壇がそれに代わろうとしているのだろうか。

 その問題をここでは一度、時計の針を逆転させ、休刊誌の創刊の経緯にまでさかのぼって考えてみたい。

 例えば『諸君!』は今から40年前に、当時の文藝春秋社長だった池島信平の肝いりで創刊された。

自由な発言を認める編集の振り幅

 池島がそこに込めた思いは、ふつうであれば編集長に委せるであろう巻末の「創刊にあたって」の言葉を、社長自ら筆を執って書いたことにうかがえる。少し長くなるが引用してみよう。

 諸君! わたくしたちは、いまみなさんに呼びかけたいこと、訴えたいことが、山ほどもあります。戦後24年、考えてみれば、4分の1世紀に当たります。この間に、新しく民主主義が日本の土壌に植えつけられ、育てられたのですが、果たしてこの新しい考え方、生き方は、わたくしたちの身体のうちに、しっかり定着したでしょうか。

 わたくしたちは新聞を毎朝読み、テレビのダイヤルを毎晩廻してみるのですが、いまの世の中のゆがんだ姿が、そこにはまざまざとうかびあがってきます。こんな筈ではなかった――という想いは、心あるみなさんも胸の中をしめつけることと思います。わたくしたちとて同じです。

 世の中どこか間違っている――事ごとに感じるいまの世相で、その間違っているところを、自由に読者と一緒に考え、納得していこうというのが、新雑誌「諸君!」発刊の目的です。


 池島は1909年生まれ。東京帝国大学で西洋史を専攻し、飛び抜けて優秀な成績を収めていたので、周囲は彼が大学に残って研究を続けるものと思っていたらしい。本人も、大学に残れずとも歴史の教師になりたいという志望を持っていた。

 しかし33年に文藝春秋が初めて一般公募試験を行うことを知り、若い頃から作品を読み親しんだ菊池寛の顔を見てみたいという野次馬的な気持ちで応募し、高い競争倍率を勝ち残り合格する。以来、生涯を編集者として生きた。

 先に引いた『諸君!』創刊の辞も菊池寛仕込みと言えそうな、簡潔明瞭な名調子の文章だ。池島にしてみれば文藝春秋入社以来の編集者人生の仕上げとしての思いがあったのかもしれない。

 『諸君!』は右派論壇雑誌と呼ばれる。確かにそう呼ばれて仕方がない出自の事情がある。当時、69年1月の安田講堂事件を頂点として言論界では左傾傾向が優勢となっていた。

 それに対抗する言論人たちが「日本文化会議」を創設。理事長に京大名誉教授の田中美知太郎が就任、福田恆存、竹山道雄、猪木正道らがメンバーとなった。文藝春秋は当初、この日本文化会議の機関誌を出そうとしていたが、その話が文藝春秋社内組合の反対に遭って頓挫し、代わりに創刊されたのが『諸君!』だった。

 とはいえ執筆者は日本文化会議関係者が多い。田中、福田らは『諸君!』の常連寄稿者になっていくし、創刊号の目次をみても斎藤茂太「ゲバ学生の精神診断」や立花隆「果てしなき断絶――三派全学連、父と子の記録」など学生運動や70年安保反対運動に批判的な論調が目立つ。2号で高坂正堯、3号で西尾幹二など、その後長く論壇で活躍する右派論壇人がほとんど顔を揃えるようになる。

コメント2件コメント/レビュー

目から鱗です。そのくらい重要な事を知りました。今後もこういう内容も期待します。でも紙だけはカンベンな!(保存に場所食うから)(2009/05/16)

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いただいたコメント

目から鱗です。そのくらい重要な事を知りました。今後もこういう内容も期待します。でも紙だけはカンベンな!(保存に場所食うから)(2009/05/16)

この記事を読んで想起したのは、WHO事務局長のマーガレット・チャン氏がパンデミックのレベルを4から5に引き上げる声明の中の「I have decided to raise … 」という言葉である。直訳すると、「私は、レベルを4から5に引き上げることを決めました。」となる。前後する一連のニュースの中で、レベルの設定はWHO内外のメンバーを集めた委員会で審議され、当初レベル引き上げを躊躇したチャン氏にメンバーが必死の説得をした、といった報道もあった。つまり、当然のことながら、この決定は彼女一人の独断ではなく、WHOの組織としての決定なのである。にも拘らず、「I have decided…」と断言した彼女の言い回しは、とかく主語を省きがちな日本語を母国語とする私にとって、奇異とまではいかないものの、「さすが」と思わせるだけのインパクトは十分にあった。 もちろん、英語にも主語を省く言い方はある。受け身にしてしまえばよいのである。つまり「It has been decided that…」という言い方である。あるいは「WHO has decided…」でも。それを「I」と言い切ったことは、事務局長としてその責任の所在を(慣例的にしろ無意識的にしろ)はっきりさせる姿勢を如実に現わしていた。主語が表す責任感。今一度自分の日ごろの言動を振り返りたい。(2009/05/11)

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