前回の「なまどら焼き」に、こんなコメントをいただきました。
土曜日に某JRの土日きっぷで塩釜に行って、グルメ雑誌には縁遠い地元の寿司屋でたらふく寿司を食べ(てもせいぜい4千円ですんでしまいますが)、日曜の朝にラムレーズンのどら焼きを買って帰るのが、私のひそかな楽しみなのに、こんなところで紹介されると人が増えて困るじゃないですか。グルメ情報に関心が全くないので、有名かどうか知らないけど、小国町にあるどら焼きとセットで、地方どら焼きの両横綱だと勝手に考えています。両方とも土日きっぷでいけるのが、とても嬉しい。
「出張」を言いわけにせずに自ら切符を買って行ってしまうとは、なんというどら焼き愛なのでしょう。小国町のどら焼きがメチャクチャ気になります。
それはともかく、この方同様、美味しくて周囲の評判もいいのに、なぜか知名度的にはいまひとつ、もっと多くの人に知ってもらいたいけれど、いつまでも自分だけの宝物にしておきたくもある。ファンにそんな微妙な感情を抱かせてしまうお店、誰でも1つぐらいは心当たりがあるんじゃないでしょうか。本欄では、そんな店やお菓子を積極的に取り上げて、職場やご家庭のお茶請けにしていただきたいと思っています。で、今回は甲斐の国の老舗、澤田屋です。
* * *
甲斐の国を代表するお菓子として多くの人がまず思い浮かべるのは、桔梗屋の「信玄餅」に違いない。1968年に発売され大ブレイク。いまも長い人気が続いている定番スイーツだから、山梨イコール桔梗屋という図式が多くの人の頭の中に出来上がっているのは当然でしょう。そしてこの桔梗屋の影に隠れるかのように、すこし目立たないながらも、看板商品「くろ玉」で固定ファンをしっかりと獲得しているのが、澤田屋。創業は約100年前にさかのぼる老舗です。
このお店、話を聞けば聞くほど、「ああ、もったいなや」という気持ちに駆られる。じれったい気分になる。目立たないのは、実力がないからではない。力はあるのにアピール下手。菓子作りに関しては真剣そのもので創造性も高いのに、宣伝やPRとなるとなんだかのんびり構えてしまう。よく言えば職人気質、悪く言えば「とろい」。柱の影でそっと見守りつつ、時には「喝!」を入れたくなる。そんな老舗なのである。ああ、今さら知名度や売上高を競う時代じゃないだろうというお叱りが聞こえてきそうで、それは大変ごもっともなんですが、でももう少し知られてもいいと思うんですよ。
甘さを抑え、戦前に大ヒット


「くろ玉」は、「信玄餅」よりも40年近く前に発売された。真っ黒でまん丸。青えんどう豆を使ったうぐいす餡を黒羊羹で包んだ和菓子だ。
黒光りする艶々のルックスも魅力的だが、甘さや食感にも工夫が凝らしてある。まず、ぱっくり割った時の、黒と薄い黄緑色のコントラストが美しい。中のうぐいす餡が抹茶の色に似ているので、「お茶の席に合うわね」と茶道の先生の利用が多いのも納得だ。
羊羹は黒砂糖のコクのある甘さ、うぐいす餡はやや控えめ。この対比も楽しい。「甘!」と思って食べると、次に素朴な甘みが訪れるわけだ。
うぐいす餡の中には、餡とは別に煮たえんどう豆入り。少し形を残したえんどう豆がアクセントになっている。形は直径4センチ弱。決して大きくないが、食べ応えはじゅうぶん。素朴に見えて、なかなか一筋縄ではいかないお菓子なのだ。
代表取締役会長の塚原敏夫氏によれば、発売当時はそれはそれは売れたそうだ。
「戦前、甘いことがお菓子の価値だった時代に、甘みをやや控えめにした『くろ玉』は、爆発的に売れたと聞きますね。『こんなお菓子を食べたのははじめて』と多くのお客さんに愛されて、遠方から足を運んでくださる方も多かったそうです」
「くろ玉」は山梨を代表する菓子となり、発売から5年後に澤田屋は3階建てのビルを建て、店とレストランをオープンさせた。人気安泰、将来安泰、山梨銘菓の代表選手の道を突き進むはずだったが、やがて日本は戦争に突入し、空襲でビルは焼失してしまう。
ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。










