「シネマde青春」

「あなたはホモですか? 質問に答えてください。あなたはオカマですか?」
〜第29回:フィラデルフィア

「わたしは偏見に負ける子を育てた覚えはないわ。堂々と戦いなさい」

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2009年5月15日(金)

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 世の中には、まっとうな社会生活を阻む不測の事態がいくつも潜んでいる。

 回避できないアクシデントや不幸のひとつが、不意の病。あるいは事故だ。

 それから失職、もしくは不当解雇。

 そして、信用の失墜と社会的な“死”が、あなたの人生を狂わせるかもしれない。

 私たちはいつ突然の事故に遭遇したり、治療薬も特効薬もない未知なる病を発症するかわからない。何の前触れもなく肩を叩かれ、失職の憂き目にあう人もいる。身に覚えがないのに痴漢に間違われるとか、何らかの事件への関与を疑われれば、それだけで社会的な地位や信用を失うことだってある。

 トム・ハンクスとデンゼル・ワシントンが共演した「フィラデルフィア」は、それらのテーマに取り組んだ“重い”映画だ。身につまされるような映画だ――、というような脅しをかけるつもりはない。だが、ここには、明日、私たちが巻き込まれてもおかしくない世界が描かれているのだ。

 それが、病と、解雇と、社会的な“死”の問題だ。

*   *   *

 トム・ハンクス演じるアンディ・ベケットは、フィラデルフィアでは名門中の名門と言われる法律事務所に勤める弁護士だ。腕もいい。経営陣の覚えもめでたく、将来も充分に期待されている。今日も、地域住民が起こそうとした“公害訴訟”を審理不採用にする手続きに成功したばかりだ。

 オフィスに戻った彼に、同僚たちからいっせいに、お見事、の声が飛ぶ。

 時刻は午後10時15分。その日も残業で残っていたアンディを、経営陣の一人ボブ・サイドマンが呼びにくる。社長室には、経営陣がずらり勢揃いして彼を待っている。切り出すのは、側近の一人だ。

「アンディはハイライン社とサンダー社の事件に興味を持ってます。そうだろ?」
「えぇ。両社の今後には個人的に興味があります」
「反トラスト訴訟か」
「それだけではありません。サンダー社はハイライン社のプログラムをコピーした。これには著作権侵害の問題も含んでいるからです」

 ほほう、といった表情で身を乗り出すのは社長のチャールズ・ウィラーだ。

「そこでだ。きみとしては、どちらの社に勝たせたい? 正直に応えたまえ。私がサンダー社のライト会長の友だちだからといって遠慮をする必要はない」
「ハイライン社に」
「何故だね?」
「サンダー社が勝てば、若いやる気のある会社が潰されます。サンダー社のような横暴を防ぐために反トラスト法や著作権法がある」
「ハイライン社の弁護士は……、誰だったかな?」
「ベイリーです。しかし、ベイリーは著作権法はド素人です」
「ハイライン社の連中もきみには同感だろう。ということは、今夜の9時3分をもってハイライン社の弁護は我が法律事務所が行うものとする。そして担当は……、たったいま上級弁護士に昇進したアンディ。きみだ」

 経営陣が立ち上がり、アンディに拍手を送る。彼の昇格は、すでに決定事項だったのだ。アメリカ人というのは、こうしたユーモアとサプライズが好きらしい。

 一人ひとりと抱擁し握手を交わすアンディだが、彼の額に浮き出た“シミ”に、ウォルター・ケントンが気づくのだ。

「おめでとう、アンディ……、額をどうした? アザができている」

 アンディは髪をいじる仕草で額のシミを隠し、ラケットボールでこさえた傷だと応える。

 しかし、アンディにはそのシミに別の心当たりがあるのだ。

 9日後――。

 この映画には、×日後、×週間後という説明が多く出てくるが、昇級から9日後、アンディはオフィスを休み、自宅で書類の作成をしている。訴状の提出期限は明日の午後5時。この日のうちに彼はすべての書類を用意し、深夜にオフィスを訪れて秘書にメッセージを残す。ケントンが指摘した額のシミはかさぶたのように紫色になり、鼻や右の頬にも同じようなシミができている。

 翌日もアンディはオフィスを休み、知り合いのメイキャップアーティストにメイクの方法を教わっている。シミを隠すためのメイクだ。その途中、彼は突然の腹痛を訴え、トイレに駆け込む。

 なかなかトイレから出てこないアンディに、大丈夫かい、と声をかけながら、仲間の一人が呟くのだ。いとこもあぁだったわ、と。

 1カ月後――。

 場面は出産シーンを映している。妻の出産に立ち会っているのは、デンゼル・ワシントン演じる弁護士ジョー・ミラーだ。長女が産まれるのである。

 1週間後――。

 ミラーの個人事務所を訪れるのはアンディだ。彼はフィリーズの帽子をかぶり、顔には無精髭が生えている。髪は坊主に丸め、目立っていたシミはもうほとんど見えない。

「久しぶりだが、覚えているかな。ケンドール建設のときに一度会っているんだが」
「あの公害訴訟のときの……、その節はどうも。してやられたがね。その顔は?」

 思い出したミラーは握手をしながら、当時のこざっぱりした雰囲気とは違う理由を何気なく訊く。すると、アンディは応えるのだ。

「ぼくはエイズだ」

 ぎくりとした表情で、ミラーは握っていた手を離すのである。

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著者プロフィール

降旗 学(ふりはた・まなぶ) 

ノンフィクションライター。1964年、新潟県生まれ。神奈川大学法学部卒。英国アストン大学留学。96年、第3回小学館ノンフィクション賞・優秀賞を受賞。主な著書に『残酷な楽園』『敵手』『松坂大輔 証明』他、剣崎学のペンネームで書いた『都銀暗黒回廊』など。
近著は『草野球をとことん楽しむ』(新潮新書)。 本ウェブ連載「長目飛耳」をまとめた『世界は仕事で満ちている』(日経BP社)



このコラムについて

シネマde青春

趣味は楽しむから趣味なのだ。映画もまた、楽しんで観るから娯楽なのだ。たくさん観ているからといって偉いわけじゃない。要は、楽しめたかだ。それがいちばん正しい映画の見方だと私は思っている。・・・それでも、映画を観るたびに考えさせられることや勝手に学んだつもりになることは多々あって、何年経っても忘れられない場面もあれば、解釈の仕方ひとつで何気ない台詞に影響を受けたり、その台詞を借りて自分を励ましたり勇気づけたこともある。だから映画は面白いのかもしれない。そうした場面や台詞を拾い上げながら、私なりに感じたことを徒然に、道草を食いながら綴っていこうと思う。

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