「毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド」

30. あなたが採用されたことの立証責任は、あなたに課されている。

フランツ・カフカ『審判』『城』

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2009年5月20日(水)

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 日直のボウシータです。

 「働く大人」の文学ガイドということで、この連載では、とくに「働く」ということの周辺をめぐって、小説やその他の文学作品がどういうことをしてきたか、を紹介している。そのなかでもとくに、組織のなかの、俗に言う「歯車」として働くことを、大きくクローズアップしている。

 それはなぜかというと、一匹狼とか、腕のよさでのしあがっていくとかいったタイプの「働く」なら、医者や弁護士や芸術家や私立探偵を主人公=ヒーローとした物語が山のように書かれていて、いまさら取り上げるまでもないからだ。

 フィクションの物語が「働く」というとき、好んで取り上げるのがそういう一匹狼タイプの話であり、たまに組織で働く人が出てきても、刑事だったり教師だったりと、もうドラマの定型ができあがってしまっている。

 そうではなく、「下手をすればほかの人と取り替えられてしまうかもしれない立場」を描いてこそ、現代の日本で「働く」多数の人たちの状況とリンクしうるのではないか。虚構物語は、非凡なヒーローを描けば凡庸な文学となってしまう。逆に、平凡な「ヒーローでない」人たちの姿を描くほうが、書くほうにとって難易度が高く、非凡な文学作品になるのではないか、とすら思えるのである。

*   *   *

 前回取り上げたように、カフカは労働者傷害保険協会で働いていた。労災認定というのは、たぶんいろいろ難しい基準があって、そんなところで働いていると、なにかひとつ決めるにも、個人の判断ではなかなかハンコを押せなかったりする。それが組織というものだ。

審判―カフカ・コレクション』フランツ・カフカ 著、池内紀 翻訳、白水uブックス、1260円(税込)

 カフカの長篇小説『審判』の主人公ヨーゼフ・Kは、銀行で働いている。そして三〇歳の誕生日を迎えたその朝、なにも悪いことをした覚えがないのにとつぜん逮捕されてしまう。奇妙なことに、逮捕されたからといって身柄は拘束されず、ふつうに銀行勤めの日々は続く。そして呼び出しに従って裁判所を訪れるのだが、裁判所が彼をどうしたいのか、まったくわからない。

 そもそも、裁判所が古いアパートの一室にあるのが変だ。裁判所の事務局もその屋根裏にある。とにかく、裁判の進行ひとつひとつが、どうにももどかしい進みかたをする。というか、いっこうに進んでいるように見えない。まるで放置プレイだ。

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著者プロフィール

千野 帽子(ちの ぼうし)

パリ第4大学博士課程修了。京都在住の勤め人・俳人。2004年より休日のみ文筆業。著書に、「東京新聞」連載をまとめた『文藝ガーリッシュ 素敵な本に選ばれたくて。』『世界小娘文學全集 文藝ガーリッシュ舶来篇』(河出書房新社)、「野性時代」連載をまとめた『読まず嫌い。』(角川書店)、読書漫筆集『文學少女の友』(青土社)。「ミステリマガジン」「ジャーロ」にて連載、また「東京新聞」「讀賣新聞」「SPUR」「Figaro japon」「BRUTUS」「HanakoWEST」「yomyom」「週刊文春」「文藝」「文學界」「すばる」「ユリイカ」「真夜中」「小説トリッパー」「早稲田文学」「ダ・ヴィンチ」「週刊読書人」「別冊宝島」などに寄稿。



このコラムについて

毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド

この連載は、「働く大人」の読者の疲れを癒し、リフレッシュして勤労意欲を高めるのに向いた文学作品のガイド、では断じてない。そうではなく、こちらが文学の世界に単身潜入して、大人の読者に向けてレポートするものである。ここで取り上げるのは、働くということにまつわる、個別の奇妙さ、ヘンテコさ、そこから立ち上がってくる疑問をうじうじと、ひとつひとつ拾っていく、そんな文学や漫画。私たちが毎日そんなことをしていれば、仕事が立ち行かなくなるから、代りに文学がそれをやってくれている。腸内細菌のようなものだが、腸内細菌と違って、なにかの役に立つという保証がないのが文学だったり漫画だったりするのである。そういうものを紹介する連載だ。だから、仕事中にこっそり読んでほしい。

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