日直のボウシータです。
「働く大人」の文学ガイドということで、この連載では、とくに「働く」ということの周辺をめぐって、小説やその他の文学作品がどういうことをしてきたか、を紹介している。そのなかでもとくに、組織のなかの、俗に言う「歯車」として働くことを、大きくクローズアップしている。
それはなぜかというと、一匹狼とか、腕のよさでのしあがっていくとかいったタイプの「働く」なら、医者や弁護士や芸術家や私立探偵を主人公=ヒーローとした物語が山のように書かれていて、いまさら取り上げるまでもないからだ。
フィクションの物語が「働く」というとき、好んで取り上げるのがそういう一匹狼タイプの話であり、たまに組織で働く人が出てきても、刑事だったり教師だったりと、もうドラマの定型ができあがってしまっている。
そうではなく、「下手をすればほかの人と取り替えられてしまうかもしれない立場」を描いてこそ、現代の日本で「働く」多数の人たちの状況とリンクしうるのではないか。虚構物語は、非凡なヒーローを描けば凡庸な文学となってしまう。逆に、平凡な「ヒーローでない」人たちの姿を描くほうが、書くほうにとって難易度が高く、非凡な文学作品になるのではないか、とすら思えるのである。
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前回取り上げたように、カフカは労働者傷害保険協会で働いていた。労災認定というのは、たぶんいろいろ難しい基準があって、そんなところで働いていると、なにかひとつ決めるにも、個人の判断ではなかなかハンコを押せなかったりする。それが組織というものだ。
カフカの長篇小説『審判
そもそも、裁判所が古いアパートの一室にあるのが変だ。裁判所の事務局もその屋根裏にある。とにかく、裁判の進行ひとつひとつが、どうにももどかしい進みかたをする。というか、いっこうに進んでいるように見えない。まるで放置プレイだ。
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