• ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版
  • 日経BP

ある甘党の、女々しき男

2009年5月28日(木)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

承前

 三度だけ会った男性がいます。一度目はインタビューで、二度目は通夜の席で。三度目は、その少し後。

 彼はデザイナー。40代。ピンクとライトグリーンのチェックのシャツがいかにもそれらしい。

 もともとおしゃべりなようで、しかもインタビューでは、仕事のことになるとさらに饒舌で、メモと私の頭が追いつかないほど、いろんなことをしゃべってくれました。

「あなた、どんな携帯使ってるの。見せて」

 はい、と私はテーブルに携帯を置きます。周りは中高年の女性ばかりの喫茶店。午後3時、という時間指定が間違っていたのかもしれません。騒がしい。

「このデザインはねぇ…」

 ダメ出しされました。好きなんですけど。
 彼の携帯も同じキャリアのものでしたが、デザインは全く違い、彼の使っているものの方が、優れていると言う話でした。
 彼は甘党で、話が終わるまでに、二杯(と数えるのか)、パフェを空に。話もほぼ尽きて、コーヒーを飲みながら彼は私に言います。

「あなた、この仕事楽しい?」

 楽しいですね。と私。男性の話を聞くのが、好きなんです。

「それはいいね」

 彼は長いスプーンをいじりながら続けます。

「うちの女房も同じ仕事してたよ。病気になる前は」

 彼の奥さんは元ライター。30代。新聞社を辞めて、フリーで働き始めたころに、体調が思わしくなくなった。病院へ。即入院。悪性腫瘍。以来、病室から出たり入ったりの生活。

「余命三年と言われてもう五年。でも最近は、結構体調いいんだよ。先週なんか、ひとりで北海道旅行行ってるし」

 私は大きな病気をしたことがなく、身近にもそういう経験をした人間がいません。従って彼の奥さんの容体が、どの程度のものなのかわかりません。余命三年と言われて五年生きることが、どれだけのことなのかも。

「そういうもんだよね。俺だって実際のところわかんないもの。髪が抜けた時はビビったけど、結構楽しそうにしてるからね」

 別れ際に、彼は自分のブログを教えてくれました。ちょっと恥ずかしそうに「ときどき見てよ」と。

 私は帰宅してすぐにそのブログを見て、翌日も見て、それ以来だんだんと、見なくなっていきました。忙しくなっていたのです。そうしているうちに、デザイナー氏のことは、これまで仕事で知り合ったたくさんの人のうちのひとり、に埋没していきます。

 ところで携帯電話ですが、あれって通常のメールのほかにショートメールっていうのがありますね。同じキャリア同士なら、番号さえ知っていれば短いメールが送れるという。
 でも私の携帯に、ショートメールが届くことはめったにないんです。「了解」「うるせー」「5分後」なんて短いものでも、通常のメールを使うのが癖になっているので。

 だからその夜も、寝ようと思った頃に鳴った着信音に、あれ、と思ったんです。普段のメールとは違う音だったから。差出人は、11桁の電話番号。開いてみると、「さっき終わりました」の文字。そして例のデザイナーの名前。

 

 「さっき終わりました」
 って何がだろう。

 あっ、と思いました。
 奥さんが、亡くなったんだ。

コメント12件コメント/レビュー

残念なことに、これは「女々しさ」のお話ではありません。これは、男の弱さの話であり、男のずるさの話です。そして、この心の弱い男が、片瀬さんに甘えてみた、というだけのお話です。確かに女々しい人はしばしば自分の体験や心情を他者に語るという印象があります。しかし、5年後に公表しろなどという気障ったらしいことは言わないでしょう。女々しさとはもっとじんめりしているものです。このような自己愛の発露はむしろ男性的です。こんなことやっちゃうオレ、カッコいいでしょ?(2009/05/29)

「女々しい男でいこう!」のバックナンバー

一覧

「ある甘党の、女々しき男」の著者

片瀬 京子

片瀬 京子(かたせ・きょうこ)

フリーライター

1972年生まれ。東京都出身。98年に大学院を修了後、出版社に入社。雑誌編集部に勤務の後、2009年からフリー。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

残念なことに、これは「女々しさ」のお話ではありません。これは、男の弱さの話であり、男のずるさの話です。そして、この心の弱い男が、片瀬さんに甘えてみた、というだけのお話です。確かに女々しい人はしばしば自分の体験や心情を他者に語るという印象があります。しかし、5年後に公表しろなどという気障ったらしいことは言わないでしょう。女々しさとはもっとじんめりしているものです。このような自己愛の発露はむしろ男性的です。こんなことやっちゃうオレ、カッコいいでしょ?(2009/05/29)

よその部署の偉い人から、ある日突然「相談があります。」とメールがきました。時々冗談交じりの挨拶しか交わしたことがない私に一体何の用だろう?…数日後、呼び出されたバーで打ち明けられたのは、奥様と離婚に至った驚きの経緯。もちろん奥様のことなんて聞いたこともありません。「こんなこと人に言うことができなくて悩んでた。なぜか○○さんの顔が思い浮かんで、話を聞いてもらいたかった。」と仰いました。(○○には私の名前が入ります。)マンガみたいな話だったので、なんとコメントすればいいのか分からず、本当に話を聞いただけで帰りました。この出来事は、今日の今日まで半信半疑のまま記憶の底に溜まっていました。片瀬さん、どうやら女々しい男をわたしも知っていたみたいです。(2009/05/29)

奥さんからの最後のメール…一杯が詰まっていますね。今までありがとう、助けて、苦しい、天国でまた会おうね、愛してる…等その空メール、彼は一生削除出来ないかもしれませんね。辛いけど、最後に言葉は交わせなかったかもしれないけど、そのメールは奥さんが彼に残した最後の贈り物ですね。最後の力を振り絞って送ったメールが彼宛で良かったと思います。それだけで奥さんがどれだけ彼を愛していたのか、分かったような気がしました。感動しました。(2009/05/29)

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

面白い取り組みをしている会社と評判になれば、入社希望者が増える。その結果、技能伝承もできるはずだ。

山崎 悦次 山崎金属工業社長