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ある甘党の、女々しき男

2009年5月28日(木)

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承前

 三度だけ会った男性がいます。一度目はインタビューで、二度目は通夜の席で。三度目は、その少し後。

 彼はデザイナー。40代。ピンクとライトグリーンのチェックのシャツがいかにもそれらしい。

 もともとおしゃべりなようで、しかもインタビューでは、仕事のことになるとさらに饒舌で、メモと私の頭が追いつかないほど、いろんなことをしゃべってくれました。

「あなた、どんな携帯使ってるの。見せて」

 はい、と私はテーブルに携帯を置きます。周りは中高年の女性ばかりの喫茶店。午後3時、という時間指定が間違っていたのかもしれません。騒がしい。

「このデザインはねぇ…」

 ダメ出しされました。好きなんですけど。
 彼の携帯も同じキャリアのものでしたが、デザインは全く違い、彼の使っているものの方が、優れていると言う話でした。
 彼は甘党で、話が終わるまでに、二杯(と数えるのか)、パフェを空に。話もほぼ尽きて、コーヒーを飲みながら彼は私に言います。

「あなた、この仕事楽しい?」

 楽しいですね。と私。男性の話を聞くのが、好きなんです。

「それはいいね」

 彼は長いスプーンをいじりながら続けます。

「うちの女房も同じ仕事してたよ。病気になる前は」

 彼の奥さんは元ライター。30代。新聞社を辞めて、フリーで働き始めたころに、体調が思わしくなくなった。病院へ。即入院。悪性腫瘍。以来、病室から出たり入ったりの生活。

「余命三年と言われてもう五年。でも最近は、結構体調いいんだよ。先週なんか、ひとりで北海道旅行行ってるし」

 私は大きな病気をしたことがなく、身近にもそういう経験をした人間がいません。従って彼の奥さんの容体が、どの程度のものなのかわかりません。余命三年と言われて五年生きることが、どれだけのことなのかも。

「そういうもんだよね。俺だって実際のところわかんないもの。髪が抜けた時はビビったけど、結構楽しそうにしてるからね」

 別れ際に、彼は自分のブログを教えてくれました。ちょっと恥ずかしそうに「ときどき見てよ」と。

 私は帰宅してすぐにそのブログを見て、翌日も見て、それ以来だんだんと、見なくなっていきました。忙しくなっていたのです。そうしているうちに、デザイナー氏のことは、これまで仕事で知り合ったたくさんの人のうちのひとり、に埋没していきます。

 ところで携帯電話ですが、あれって通常のメールのほかにショートメールっていうのがありますね。同じキャリア同士なら、番号さえ知っていれば短いメールが送れるという。
 でも私の携帯に、ショートメールが届くことはめったにないんです。「了解」「うるせー」「5分後」なんて短いものでも、通常のメールを使うのが癖になっているので。

 だからその夜も、寝ようと思った頃に鳴った着信音に、あれ、と思ったんです。普段のメールとは違う音だったから。差出人は、11桁の電話番号。開いてみると、「さっき終わりました」の文字。そして例のデザイナーの名前。

 

 「さっき終わりました」
 って何がだろう。

 あっ、と思いました。
 奥さんが、亡くなったんだ。

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「ある甘党の、女々しき男」の著者

片瀬 京子

片瀬 京子(かたせ・きょうこ)

フリーライター

1972年生まれ。東京都出身。98年に大学院を修了後、出版社に入社。雑誌編集部に勤務の後、2009年からフリー。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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