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両誌が犯した最大の失敗とは~『サンデーとマガジン』
大野 茂著(評者:近藤 正高)

光文社新書、900円(税別)

  • 近藤 正高

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2009年5月20日(水)

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評者の読了時間4時間34分

サンデーとマガジン──創刊と死闘の15年』 大野 茂著、光文社新書、900円(税別)

 この5月の連休中、NHK総合テレビで放映された、日本初の少年週刊誌「週刊少年サンデー」(小学館)と「週刊少年マガジン」(講談社)両誌の創刊から10数年間の対決を追った番組(5/5放映の『ザ・ライバル「少年サンデー・少年マガジン物語」』)を見たという読者も多いのではないだろうか。

 ドキュメンタリーと再現ドラマをとりまぜた同番組のうち、ドラマのパートは、伊藤淳史演じるどこか泥臭いマガジンの新人編集者が、成宮寛貴演じるスマートなサンデー編集者に追いつけ追い越せとばかりに成長していくという、ちょっとしたビルドゥングスロマンにもなっていた。

 この二人の関係が、創刊以来しのぎを削ってきたサンデーとマガジンの立場をそのまま反映していることはいうまでもない。ドキュメンタリー部分も含め、全体として、先にリードしたサンデーに対するマガジンの逆転劇という趣向で進行していった。

 本書は、この番組での取材を出発点に、独自の調査やインタビューを加えて書かれたものだ。よって、その内容の一部は番組と重なっている。

 サンデーとマガジンは創刊こそ同じ日(1959年3月17日)ながら、企画立案はサンデーのほうが一歩早く、すでに“ブランド化”していた手塚治虫をはじめ寺田ヒロオ、藤子不二雄といった気鋭のマンガ家たちをおさえることができた。

 これに対してマガジンは、小学館が週刊少年誌を準備しているという噂を聞きつけてようやく始動し、実質1カ月半で創刊にまにあわせた。その内容も、付録や懸賞などの“変化球”で勝負せざるをえないというぐあいに、前途多難なスタートだった。

 サンデーは以後も、横山光輝の『伊賀の影丸』、赤塚不二夫の『おそ松くん』、藤子不二雄の『オバケのQ太郎』といったヒット作を連発し、1962~64年のあいだに発行部数は50万部に到達、マガジンをみるみる引き離していった。

 だが、1967~68年を境に両者の部数は逆転していく。

マガジンの「青年向け」少年誌戦略

 マガジンは1967年1月8日号で100万部を発行し、サンデーを瞬間的にリードする(サンデーも同時期に100万部発行を計画したが、会社に認められず幻に終わる)。それからしばらくはデッドヒートが続くが、梶原一騎・川崎のぼるの『巨人の星』に加え、翌68年より高森朝雄(梶原の別名)・ちばてつやの『あしたのジョー』の連載が始まるとすっかり形勢は入れ替わり、マガジンは1970年には発行部数150万部を達成した。これは折からの「青年」ターゲット強化戦略が功を奏した結果でもある。

 このように発行部数の変化だけをとりあげれば、たしかにマガジンはサンデーを追い越したといえる。だが、小学館と講談社の勝負として見るなら、ちょっと話が違ってくる。このあたりは、例のテレビ番組では時間等の制約もあってか描ききれていなかった。

 先に触れたように、もともとは小学校高学年~中学生向けだった「少年」マガジンはなぜ、読者の年齢層を引き上げるという戦略に出たのだろうか?

 実は、団塊の世代の成長とともにマンガの市場が青年層まで拡大していくなかにあって、マガジン編集部からは、青年マンガ誌を創刊すべきだとの意見があがっていた。が、それは会社側に却下され、あろうことか「週刊ぼくらマガジン」という、従来の読者層とバッティングする新雑誌の創刊が決定してしまう。

 それならばと、マガジンは、小中学生の読者を「ぼくらマガジン」にゆだね、本格的に高校生・大学生をターゲットに定めたのである。1968年のことだ。

 同年、小学館は、サンデーの読者年齢を引き上げるかわりに、青年向けのマンガ誌として「ビッグコミック」を、さらに系列会社の集英社から「少年ジャンプ」(翌69年に週刊化)を創刊。以来、小学館を中心とする一ツ橋グループは、〈固定客のいる堅調なサンデー、青年層を確実につかまえている「ビッグコミック」、急成長の「少年ジャンプ」と、ターゲット別のマンガ誌戦略で、総合的にコミック市場を席捲し〉ていく。

 一方、マガジンは、150万部に達した1970年末から翌年初めにかけて、ちばてつやの急病による『あしたのジョー』の長期休載と、『巨人の星』の連載終了という事態に見舞われ発行部数が目に見えて下落し、少年誌という原点に立ち返ることを余儀なくされる。以後、講談社の青年マンガ読者層への対応は、1980年の「ヤングマガジン」創刊まで小学館の後塵を拝すことになるのである。

 ところで、冒頭にとりあげたNHKの番組中、成宮と伊藤が演じた編集者たちは、それぞれの雑誌の性格をわかりやすく示すため便宜的にキャラクター化したものであり、ストーリーもまったくのフィクションだと僕は思っていた。

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