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ホッパーと読む短編、クレーと食べる焼きリンゴ

美術と批評、文学、そして料理

  • 松島 駿二郎

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2009年5月22日(金)

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 『美術批評の先駆者、岩村透 ラスキンからモリスまで』 田辺徹著 藤原書店 4600円(税別) 

 プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」には、パリに集まった若い芸術家志望者たちが巧みに描かれている。彼らはタイトルそのもののボヘミアン的な生活を送っていた。

 時代は19世紀末。芸術家志望の若者たちは、世紀末特有の閉塞感と、新たに明ける20世紀への期待感とがないまぜになった状況下で新しい美術革新を目指していた。

 まだ、日本に西洋美術が受容されていなかった時代、若い画学生たちの憧れはパリに行き、先端の美術を学ぶことだった。

 本書は岩村透という男の評伝である。岩村の名前は絵画史の中に埋もれてしまっているが、日本の西洋絵画受容の歴史の中では見落とすことのできない人物だ。岩村は明治3(1870)年に生まれた。18歳で米国とパリに留学(遊学か?)した。パリの美術学校アカデミー・ジュリアンでのボヘミアンたちの生き様を目の当たりにして、『巴里の美術学生』という書で、日本に紹介した。

 さらに、帰国後には日本の美術志望の若者たちに、実技ではなく理論を教える立場として、歯に衣を着せない痛快な講義で人気を呼んだ。

 副題にラスキンからモリスまでとある。現在の東京芸術大学の前身である東京美術学校で、岩村はラスキンの美術理論(社会改革的理論)と、それを実践するウィリアム・モリスへの流れを日本に紹介した。

 モリスは20世紀のドイツでのバウハウスの理論を先取りし、美術工芸の分野で大きな影響を世界に与えた。

官僚的な美術行政を強く罵倒した岩村

 岩村の先駆性は、自身が編集する「美術週報」で、町の景観の美化や環境の破壊、公園の整備などを強く訴え、官僚的な美術行政を強く罵倒したことだ。

 本書には岩村と明治文壇の森鴎外、国木田独歩らとの交流も書かれ、岩村が単なる美術者だけの存在ではなかったことも知らせてくれる。

 著者は岩村の直接の教え子である田辺孝次の子息である。また、平凡社の雑誌「太陽」の編集長を務め、その後、成安造形大学学長を歴任している。

 岩村透の業績を掘り起こすには最適な人物である。

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