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新自由主義が召還した「小皇帝」~『石原慎太郎よ、退場せよ!』
斎藤 貴男・吉田 司著(評者:尹 雄大)

洋泉社新書y、740円(税別)

2009年5月25日(月)

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評者の読了時間8時間00分

石原慎太郎よ、退場せよ!』 斎藤 貴男・吉田 司著、洋泉社新書y、740円(税別)

 赤穂浪士の切腹を幕閣に上申したことで知られる儒学者・荻生徂徠は、一風変わった趣味をもっていた。煎り豆を齧りつつ、古今の英雄豪傑を罵るというものだ。風雅とはいえないが、毀誉褒貶ある英傑であれば、罵倒もひとつの嗜みになりえるだろう。

 だが、悪口雑言の矛先が傑物とほど遠い小人であればどうか。辛辣な評に説得力を持たせるだけの芸がないと、ただの言いがかりと受け取られてしまう。

 本書が直言する対象は、石原慎太郎である。フリージャーナリストの斎藤貴男とノンフィクション作家の吉田司が、対論によって、東京に君臨してきた「小皇帝」の軌跡を振り返り、「時代に求められた男」の賞味期限を査定する。

 石原はデビュー作の『太陽の季節』で、勃起したペニスで障子を突き破ったシーンを描き、世間を瞠目させた。

 吉田によれば、この小説は、湘南という悪場所の浜辺で「ガールハントにうろつく不良学生やアロハシャツにサングラスのごろつき愚連隊の予備軍みたいな兄ちゃんたちの青春」を描いたものだ。

 小説世界と同様、石原も「価値紊乱者」を任じた。が、都知事になってからは、「歌舞伎町浄化作戦」に見られるよう、風紀を正すことに忙しい。石原は歌舞伎町を「日本じゃないような気がする」と嫌悪を露にしたが、もうひとりの著者である斎藤は、施策に見える石原の信条について、

〈あの人は自分の嫌いなものが存在すること自体が許せないのでしょう。私的な感情を権力を使って満たした〉
 
 と容赦がない。2003年に『空疎な小皇帝』を執筆した斎藤は、丹念な取材を通じ、石原都政の弱者切り捨ての実態を見たからだろう。

天国と地獄を見た石原少年

 サロンじみた会話ならば、石原に悪罵を浴びせれば溜飲も下がるだろうが、対談相手は吉田だ。『下下戦記』で水俣病を、『ひめゆり忠臣蔵』では、ひめゆり部隊を取り上げるなど、聖なるものとして奉られる存在にそのつど足払いをかけてきた。地べたを這う民衆の俗な視線から常に権力について綴ろうとする吉田は、斎藤をこうなやす。

〈差別主義者というレッテルの向こうにある彼の多様な面が見えるような気がするんです〉

 そこで吉田が持ち出す仮説が「植民者・慎太郎」だ。石原は神戸、小樽、逗子といったエキゾチックな港町で育った。これらの街は資本主義の勃興とともに開けただけに、家並みに資本家の序列を見て取れる。石原家は、「国内植民地」において、プチブルに位置した。さらに吉田は問う。「彼はただ、植民者として上から見下ろすだけの存在だったのだろうか」。

 石原の次男・良純が書いた『石原家の人びと』には、《汽船会社の支店長であった祖父の暮らしを「ある種の王侯貴族のようだった」と親父は述懐している》とある。「祖父の暮らし」とは、つまり慎太郎の育った環境のことだが、果たして回顧の通り貴族然としていたのか。

 吉田によれば、石原の父・潔は「小樽の『蟹工船』的な、蜂起するぞ!みたいな都市下層民がいっぱいいる中」で、中産階級から転落しないよう「会社に忠誠を誓い一生懸命家族を守った」マイホーム主義者であった。

 「国内植民地」には、貧富の差が歴然として存在し、港には細民がたむろしていた。悲惨な現実を石原が見ていないはずはなかった。斎藤も「小樽で石原も天国と地獄を見て何かを感じていた」ことに同意する。

 石原少年は、心痛む現実を受け止め切れなかった可能性が高いと吉田はいう。「慎太郎の場合は、それを強者と弱者の論理」にすり替えていったのではないか。なぜなら「貧乏でグータラで暗黒な人間像の存在そのものが許せない……という“傷つき方”もあるんです」。

 差別することで傷つく感性はありえる。石原の場合、今度は見下ろされる側になる経験によってさらに傷ついた。

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