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世界恐慌からいち早く立ち直ったのはナチスだった!~『ヒトラーの経済政策』
武田 知弘著(評者:栗原 裕一郎)

祥伝社新書、780円(税別)

  • 栗原 裕一郎

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2009年5月29日(金)

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ヒトラーの経済政策──世界恐慌からの奇跡的な復興』 武田 知弘著、祥伝社新書、780円(税別)

 第一次世界大戦での敗戦により支払不能なほどの賠償金を負わされたドイツは、ハイパーインフレーションに見舞われ経済がほとんど崩壊しかけていた。一時、持ち直しかけたりしたものの、息つく間もなく今度は世界恐慌に襲われ壊滅的な打撃を受けてしまう。そんな大不況のなか、生活が破綻した中産階級や労働者、農民らの怒りを吸収して支持を伸ばしたヒトラーが政権を取る。

 ナチスは、ドイツ経済に驚異的とも奇跡的ともいいうる復興をもたらす。失業問題をわずか数年で解決し、経済を安定させ、世界恐慌からいち早く抜け出すことに成功したのである。

 ナチスというと暗黒の支配といったイメージが強いが、一方で、大胆な政策によって国を立て直し、国民を厚くケアした福祉国家という別の顔も持っていた。だからこそヒトラーは熱狂的な支持を集め続けたわけだ。

 いったいどんなマジカルな政策をヒトラーは繰り出しのか? 本書は、経済政策という側面から、ヒトラーおよびナチスを探った、ちょっと珍しい一冊である。

 ナチス政権誕生までのドイツ経済の足取りを簡単に振り返っておこう。

 第一次大戦に敗戦したドイツはベルサイユ条約により植民地全部と領土の一部を取り上げられたうえ、1320億マルク(330億ドル)の賠償金を請求された。ドイツの当時の歳入20年分くらいの額であり、毎年の支払いは歳入の2分の1から3分の1に及んだ。

 そんなもの払えるわけがない。札をガンガン刷ったドイツは、1922年から1923年にかけてハイパーインフレーションに見舞われてしまうことになる。どのくらいハイパーだったかというと、0.2〜0.3マルクだった新聞が1923年11月には80億マルクに暴騰する勢いだったそうである(村瀬興雄『ナチズム』中公新書)。

 ハイパーインフレによってもっとも打撃を受けたのは中産階級や労働者、農民だった。一方で、外貨でドイツの資産を買ったりしてボロ儲けする者もいたのだが、そのなかにはユダヤ人実業家が少なからず含まれていた。その怨みもユダヤ人迫害の一因となる。

 このハイパーインフレを止めたのは、ヒャルマール・シャハトという銀行家である。ときの首相シュトレーゼマンにより通貨全権委員に任命されたシャハトは、兌換紙幣「レンテンマルク」を発行し、同時にデノミを実行してインフレを収束させることに成功、1926年ごろからドイツ経済は回復に向った。この「レンテンマルクの奇跡」により、シャハトはドイツ国民から英雄視されることとなった。

 だが、好況も束の間、1929年10月、ウォール街暴落をきっかけに世界恐慌が起こり、アメリカからの投機マネーに依存していたドイツは深刻な不況におちいってしまうのである。

資本主義と社会主義のいいとこ取り

 ヒトラーが政権を取るのは出口なしの大不況にあえぐ最中の1932年のこと。そのころドイツは、財政赤字を補うために不況下にもかかわらずデフレ政策を取って困窮する国民をさらに苦境に落とすという最悪の状態にあり、失業者は600万人に登っていた。全労働者数の3分の1にあたる数字だ。

 ナチスは、この莫大な失業者をほんの3年ほどで恐慌以前の160万人にまで減らし、経済をみごとに回復させたのである。

 その経済政策はひとことでいえば、〈資本主義と社会主義両方の長所を生かしつつ、欠点を修正する〉というものであった。

 アウトバーン計画を筆頭に公共事業によって雇用を創出するというのがメインの政策で、初年度だけで20億マルクが計上されたという。

 大不況のなか、どこからそんなカネが降ってわいてきたのかというと、国債を大量に発行したのである。そんな乱暴なことをしたらまたハイパーインフレになりそうなものだが、これが上手くいって、ナチス・ドイツは不況からあっさり脱出する。

 この計画を主導したのはシャハト。先に見た「レンテンマルクの奇跡」の英雄である。ヒトラーはシャハトをかき口説き、ナチスの経済大臣に迎えていたのだ。

 アウトバーン建設は、雇用を創出しただけに止まらず、大動脈としてドイツ産業の発展に大きく寄与した。さらに、大規模な事業計画を行なうと積極的にアナウンスすることで、人々に景気回復の期待を持たせるよう働きかけもした。景気が良くなるとみんなが思えばサイフの紐が緩んで本当に景気が良くなるのである。

 その他、中高年を優先的に雇用する、大規模店の出店を制限して中小店を守る、中小企業への融資制度を整える、価格統制により物価を安定させる、農家を保護する、結婚を促進し少子化を予防するなどなど、国民と経済を保護することに関しては、およそ考えつくかぎりの手段を講じたのであった。

 一方で、公共事業による景気回復で生じた利益を国庫に回収するシステムもつくりあげていた。企業に対しては「配当制限法」という法律を課し一定以上の利益が出た場合は公債を買うことを義務づけ、個人に対しては貯蓄を促す制度を準備したのである。

 ここまでは政府が市場に積極的に介入するケインズ政策の亜種という印象であるが、ナチスは政権を取ると直ちに労働組合を解体し、ストライキを禁止していた。

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