「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

マスクは結局、しなかった。

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2009年6月1日(月)

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 マスクは、結局、しなかった。

 意味が無いと判断したからではない。
 買おうと思った時には既に売り切れで、入手できなかったのだ。

 いつも同じだ。この種のアクションには、乗り遅れることになっている。
 つまり私は、手遅れになってから慌てるタイプの人間だということだ。

 というよりも、慌てた時に、走り回るタイプとフリーズする組の人々がいて、私はどうやら後者なのである。

 で、躊躇しているうちに事態は行き過ぎる。たとえば、片想いのあのコは、ある日引っ越していて、どこにもいない。要するに、私が決断を下さなくても世界は動き、私が行動も起こさなくても、人生の時間は流れ去って行く、と、そういうことだ。

 慌てない人たちの生き方については知らない。
 っていうか、興味がない。

 とにかく、私は、ちょっと慌てていた。
 絶対に感染したくなかったのでね。

 なぜというに、私は、風邪や発熱に極端に弱い性質(たち)で、38度線を越えると完全に無力化してしまうからだ。板門店体質。国境警備の韓国軍兵士みたいに、38度より上に行くと手も足も出なくなる。

 もっとも、体調を崩すことは、何年かに一度しか無い。だからこそ、ちょっと熱が出たりすると、簡単に心が折れるわけだ。まあ、ある意味健康だということなのでありましょう。
 
 今回は、このたびの新型インフルエンザをめぐる騒動を眺めながら、気にかかったことについて書きたい。
 まず、麻生総理の、「冷静に行動してください」というテレビCMだが、あれには、カチンと来た。なんというのか、反射的にムカッとするのである。

 なぜだろう。

 総理はもっともなことを言っていたと思う。が、それでも、なぜだか

「うっせえな」

 と思ってしまうのだ。不思議だ。

 酒飲みだった当時、私は

「飲み過ぎには気をつけてね」

 とか言いながら酌をするおばさんみたいな人たちが大嫌いだった。

「だったら注ぐなよ」

 と、大いに反発したものだ。

 麻生さんの台詞は、あの、法事の席で言わずもがなの説教をしながら酌をしてまわっていた年寄りの言い草と似ている。

 どういうことなのかというと、問題は、発言内容の正当性ではなくて、発言の姿勢だということで、つまり、麻生さんのあの言い方は、上からモノを言う態度だったということだ。だから、言っていることがもっともであればあるだけ、説教臭さが横溢してしまうわけで、それゆえ、画面のこっち側の国民である私は、反発を感じたのである。

 そうでなくても、「冷静になってください」は、慌てている人間に対して一番言ってはいけない言葉のひとつではある。

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著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。



このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

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