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昭和初年「大恐慌」の裏にあった悲劇

ブルックリンでの少年の自殺、そして農家の娘の身売りの物語

  • 松島 駿二郎

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2009年6月5日(金)

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 多少の明るい兆しは見えてきたとはいえ、昨秋のリーマンショック以降の金融危機は、世界経済に大打撃を与えている。1930年代の大恐慌になぞらえられることが多いが、当時の世界はどれほどひどい目に遭っていたのだろうか。われわれが学んだもの、そして、学ばなかったものとは何だろうか。

◇   ◇   ◇

大恐慌のアメリカ』林敏彦著 岩波新書 740円(税別)

 いずれは崩壊し大恐慌を生み出す1920年代の米国の社会の諸相をまず見ておくことにしよう。地味で目立たないカルビン・クーリッジが第30代大統領に就任したのは1923年のことだった。

 ほぼ1年後の第2期大統領選には清潔、質素を掲げて難なく当選した。

 大恐慌は1929年に勃発する。この5年間に米国で何が起こったのだろうか。

クーリッジ大統領が膨張させた“風船”

 クーリッジが就任後真っ先にやったことは、大統領府の汚職の撲滅だった。汚職まみれの閣僚を更送し、政治の大掃除に取り組んだ。

大恐慌のアメリカ』林敏彦著

 クーリッジは米国の本質を見抜いていた。第1次世界大戦の痛手から欧州が立ち上がる暇もない当時、米国はビジネスによって世界に雄飛するであろうことを予見していた。

 2期目に入ったクーリッジ大統領は始めからビジネス界、実業界寄りの政策を次々に打ち出していった。実業界優遇措置で、米国のビジネスは空前の繁栄を謳歌していった。

 風船は確実に膨らみ始めた。国民の生活水準も確実に上昇していった。巨大な持ち株会社が登場し、株価は天井知らずで上昇した。

 米国人は自分たちの先祖がそうであったように敬虔でストイックな社会を実現しようとした。その反映として、禁酒法という前代未聞の法律が米国全土で批准されていった。

 実は、禁酒法は抜け穴だらけだった。アルコールは薬であるとして、ジンやウイスキーを処方した医師が莫大な利益を上げたりもした。カポネで知られるシカゴのギャングが禁酒法で大儲けをし、米連邦捜査局(FBI)と壮絶な闘いをしたのも、禁酒法の産物だった。

 全国の盛り場にはスピーク・イージーという潜り酒場が林立し、ブーツに酒を隠した(ブート・レッギングと呼ばれた)連中が間断なく酒を持ち込んでいた。

 新聞種になるような乱痴気パーティーがいくつも催された。中でも時代を象徴するようなシャンパン・パーティーを紹介しよう。

 テキサスの億万長者が主宰した。多数の踊り子(高級売春婦)が招待客と踊り(20年代の踊りならチャールストンだろう)、やがて持ち込まれた浴槽に高価なシャンパンが注ぎ込まれ、裸になった踊り子が招待客を手招きする。

 「狂乱の20年代」の一風景である。「狂乱」はパリにも輸出された。パリのカフェでアーネスト・ヘミングウェイ、スコット・フィッツジェラルドたちが頭を寄せ合って、また、ガートルード・スタインのサロンに寄り合って「新しい」小説を書いた。スタインは彼らのことを「失われた世代」と読んだ。

 20年代の最高のハイライトはチャールズ・リンドバーグによる、無着陸大西洋横断だった。カネ余り、二日酔いで呆けた米国人を、ちょっと目覚めさせた。

 しかし、社会全体で大きく膨らんだ風船をさらに大きくフゥフゥと吹いている状態は収まらず、ついに1929年10月9日に風船は爆発した。

 株価は急落し、金融証券は文字通り紙切れになった。民衆は恐怖に駆られパニックを起こした。20年代に獲得した膨大な価値は吹っ飛んだ。

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