
2002年の11月から2008年の年末まで、私は「読売ウィークリー」という週刊誌で、6年間にわたってテレビ批評コラムを連載していた。
というよりも、当コーナー自体、「読売ウィークリー」の休刊を機に始まったもので、この仕事に取り組む以前、私は、毎週、テレビについてなにごとかを書いていたのである。
仕事場を変えて以来半年、私は、ウソみたいにテレビを見なくなった。
なるほど。
もともと、たいして好きだったわけでもないのだな。
別の言い方で言えば、私は、去年までの6年間、もっぱら難癖をつけるためにテレビを見ていたわけで、そう思ってみると、あの連載が終わったのは、正解だったのかもしれない。
好きでもないものの欠点をあげつらう仕事を6年も続けることは、健康に良くない。
仮に私が、テレビ現場に関係のある人間で、テレビについて改革の意欲なりプランなりを持っていたのなら、批判を繰り返す意味も若干はあったと思う。
でも、私は傍観者で、言ってみれば、火事場を見物している野次馬に過ぎなかった。
とすれば、あまり口を出すべきではない。役に立てない以上、無言で通すのが人としての節度というものだ。治療する技術も意思も持っていない人間が、病人をいじくりまわすのは良くない。悪趣味だ。
そういう意味でも、テレビ批評コラムから撤退したのは正しい選択だった。
でもまあ、視聴者である身に立ち戻ってみれば、私もまた腐った電波を浴びている被害者の一人ではあるわけで、その意味では当事者だ。半年に一度ぐらい、苦情を申し述べる権利はある。
ということで今回は、昨年の12月に「読売ウィークリー」への最後の原稿を書いてから後の半年の間に、私がテレビについて感じたことなどを書きたいと思う。
まずは、「ROOKIES(ルーキーズ)」だ。
あの映画の宣伝は、常軌を逸していたと思う。
6月第一週の映画公開に向けて、5月最終週のTBSの番組表は、ルーキーズ一色で塗り固められていた。
番宣の増加傾向は、私がテレビ批評コラムを連載していた6年の間、ずっと進行しつつあった流れで、いまにはじまった話ではない。
が、この半年、明らかに様相が変わってきている。
番宣の頻度が、とんでもなく上昇したのだ。
それまでの6年間の上昇カーブが、年率5%(←対昭和比:ソースはオダジマの体感)程度だったとするなら、この半年間における番宣送出頻度は、一気に20%ほどに跳ね上がった感じがある。
それも、番組間のCMタイムに、番宣や番組タイアップのCMが送出される回数が増えただけではない。番組の放送時間自体が、なし崩し的に番宣化してきている。
たとえば、はじめて訪れた町の店で食事をして、勘定を済ませると、次回来店時の割引クーポンみたいなものを渡される。私は、こういう時、いつも困惑する。
だって、二度と来ないから。おそらく、この先一生涯、私が、中目黒の商店街を通りかかることは無い。愛人でもできない限り。
「結構です」
と、だから、私は、丁重に断るのだが、先方が好意で配布してくれているクーポン券を、アタマから拒絶するのはかえって失礼だぞ、と、ツレの相棒はそういうことを言って私をたしなめる。
「お前は、どうしてこういうところでいちいちカドを立てるんだ」
と。
まあ、そうかもしれない。こういうものは一応貰っておいて、家に帰った後に、そっと捨てれば良いのであって、なにもレジの前で気色ばむことはないのだ。
でも、私としては、面倒くさいのだよ。せっかくの食事を台無しにされたとまでは言わないが、要らないものは要らないわけだから。たとえ一時のサイフのゴミであっても。
番組内で他の番組の番宣を見せられる時の気持ちは、この時の感じに近い。
うっせえな要らねえよ、という感じ。あるいはカネを払おうとするたびごとに「ポイントカードはお持ちですか?」と尋ねられるわずらわしさに近いかもしれない。
「……いえ」
「すぐにお作りできますが」
「要りません」
「無料ですし、ポイントはその日から……」
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