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不平等の中で、玉砕まで戦ったのはなぜか~『皇軍兵士の日常生活』
一ノ瀬 俊也著(評者:尹 雄大)

講談社現代新書、760円(税別)

2009年6月12日(金)

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評者の読了時間8時間00分

皇軍兵士の日常生活』 一ノ瀬 俊也著、講談社現代新書、760円(税別)

 小津安二郎監督の「お茶漬の味」で、笠智衆演じるパチンコ店店主が、佐分利信演じる貿易会社部長と酒を飲み交わすシーンがある。佐分利は笠のかつての上官という設定である。

 「あの頃はよかったですな。シンガポールは」と笠が軍隊時代の話をすると、佐分利は「ああ、そうだな。だけど戦争はごめんだね」と返す。

 すると笠は「そうですな。ですが、シンガポールはよかったですな。南十字星が」と言い、ひとくさり歌を歌う。敗戦からわずか7年後の描写だ。

 小津の作品には、戦友会の宴席で、元軍人たちが小皿を叩き、放歌しているようなシーンがいくつか登場する。小津も中国戦線に従軍したが、フィルムに表れたノスタルジーは、兵役を経験した一定数の男たちの共有するリアルな気分だったのかもしれない。本書の著者もこういう。

〈戦後にいたってなお、人びとの心のなかに軍隊あるいは徴兵の存在を是認する、ある種のプラスのイメージが残っていたことも事実である〉

 ここでいう「プラスのイメージ」とは、「規律正しい良いところ」「社会生活の基本が身についた」というものだ。政治家や文化人がときおり、若者のモラル欠如を徴兵制の復活に絡めて発言するのは、軍隊生活による規律向上を期待してのことだろう。

 だが、軍は品行方正な人間を育てあげることを第一義とした組織ではない。規律正しさは、戦闘にかなう兵(軍隊用語としての「兵」、旧日本軍における最下級の軍人)を育てる目的において必然的に要求される。

 本書は徴兵制度や軍隊生活、隊員の食料事情などの実相を通じ、兵の生き死にに関する不公平な処遇を明らかにし、〈戦争や徴兵の存在が近年ふたたび是認されつつある〉傾向に注意を促そうとする。

「皇軍」の意識は軍の秩序たり得たか

 戦争や徴兵が是認され、ときに郷愁の対象になるのは、軍には社会的な所属や格差を問わない側面、学術的にいえば「強制的同質化」作用があるからだという。

 戦前は国内の風習の違いや都市と農村の経済、文化格差もはなはだしかった。強制的であれ、蝟集された人々が号令一下、一様に扱われることは、新鮮な経験であったことは想像に難くない。

 兵士を一律に扱う原動力となったのは、「天皇の軍隊」、つまり天皇を護る「皇軍」という意識である。「天皇の赤子」である彼らは、世俗の身分がどうあれ一視同仁。これが軍の規律と公正さを担保した秩序の依って立つところであった。

 だが、著者は〈「皇軍」という自己規定は、本当に軍の末端における秩序を真に成り立たせていたものだったのか〉と問う。

 そこで着目するのが、兵営内の生活を規定した『軍隊内務書』だ。1943年に改正された際、「服従ハ高潔ナル犠牲的精神ヨリ出テ」という文言が「服従ハ至誠尽忠ノ精神ヨリ出テ」に改められた。

 理由は、皇軍における服従とは、天皇への「絶対随順ノ崇高ナル精神」に基づくのであって、「親分子分ノ私情ニ基クモノニアラズ」。軍は後者を不公平さの温床と秩序紊乱の元として嫌った。

 著者は、「天皇を頂点とした冷徹な命令系統」が貫徹していたわけではないと指摘した上で、軍は〈「親分子分ノ私情」「功利思想」に満ちた世界であり、それは軍上層部にも無視できないほどに明白であった〉という。

 その論拠のひとつとなるのは、1933年、平時に内地において歩兵第五七連隊に入営し、翌年除隊した石川某上等兵の残した日記だ。彼の日記は、上官にまったく点検されなかったようで、生活上の喜び、不満も赤裸々に綴られている。

 ある日の演習において石川はソ連軍に擬したが、日本軍の最新鋭の軽機関銃を掃射する様を賛嘆。また、師団の銃剣術の競技会後、「盛大なる祝杯を挙げる 皆ニコニコ顔だ」などというはしゃぎぶりを記す。

 あるいは、食へのこだわりから「今後は成るべく酒保へ行くのを避けるべく自身で誓った事が徐々に実行されつつあるのを感じて心から誇を感じた」などと書き付け、その筆致は明るい。

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