「人生の諸問題」

人生の諸問題

2009年6月19日(金)

「2割」で戦えば、8割の「負けしろ」が使える

【番外編】内田樹先生×小田嶋隆さん対談【前】

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本連載の単行本タイトル、「人生2割がちょうどいい」。その心は、「できることの幅は、勝率ではなく、負けられる幅で決まるから。弱者というのは、この負けしろが少ないという人。基本的に負けられない人です」−−。『ア・ピース・オブ・警句』で大人気の小田嶋隆と、内田樹先生の暴走販売促進対談、スタート!

―― 内田先生は小田嶋さんと、どのようなお知り合いなのでしょうか。

内田 ファンです(笑)。

―― 即座にお答えが。

内田 樹(うちだ たつる)
1950年東京生まれ。東京大学仏文科卒業。東京都立大学大学院博士課程中退。神戸女学院大学文学部教授。専門はフランス現代思想、映画論、武道論。近書に『昭和のエートス』(バジリコ) 『街場の現代思想』(文春文庫)『街場の教育論』(ミシマ社)など多数。『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で第6回小林秀雄賞受賞。ブログは「内田樹の研究室 みんなまとめて、面倒みよう」。今回の収録については、こちらの「日本語による創造とは」でご本人も書かれています。
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内田 僕は長いファンなんですよ。「シティロード(1972年から93年まで発行されていた、東京の情報誌)」に連載していた『我が心はICにあらず』からですから、最初期から、ということですよね。まだ単行本が出る前ですから。

小田嶋 もろ初期ですよね。

内田 70年代。めったな人は読んでないですからね。

―― ちょっと言葉を変えれば、変わり者ということでもありますよね。なぜ、とうかがってよろしいですか。

内田 「シティロード」の欄外か何かの、ものすごく小さいコラムだったんですけど、文章の際立ち具合がすごかったですからね。もう、ひときわ光っていました。今となっては、結構レアものの初版本から始まって、ご著作はほぼ全部、持っています。

―― 実際にお会いになって、お話しされたのは?

内田 『9条どうでしょう』(2007年・毎日新聞社)を一緒に書いた時かな。

小田嶋 2年ぐらい前ですか。

9条問題、虎の尾を踏む男たち

内田 毎日新聞の企画で、いろいろな人に9条について論じてもらおう、ということだったんですけど、編集者が橋本治さんとか、矢作俊彦さんとかに次々と断られたみたいで。最後に僕のところに来て、「どうでしょうか」と言うので、「僕の好みで選んでいいですか?」と聞いたら、「いいです」という話だった。なので、「じゃあ、平川克美、町山智浩と小田嶋隆、この4人で書かせてくれないか」となったんです。

―― ファン時代から四半世紀を経ての邂逅だったのですね。

内田 四半世紀はオーバーですけど、でも20年ぐらいにはなるかな。

小田嶋 そうですね、20年ぐらいになりますね。私の方は編集者さんに、どこかの大学の教授さんが褒めてくれているよ、ということをウワサ話のように聞いていて、うわあっと恐縮していたタイミングで原稿依頼がありまして。「9条」って、テーマとしてはすごく嫌だったんですけど(笑)。

内田 小田嶋さんも町山さんも、本当に嫌々書いてくれたんですよね(笑)。

小田嶋 ものすごく嫌だったけど、「執筆メンバーがみなさん、虎の尾を踏みにいく人たちで…・・・」と、うまく煽られて、これは応えないとな、と。

―― そうすると、内田先生は小田嶋さんのビフォー・アル中、アフター・アル中の時系列に沿って読んでおられるわけですね。

内田 こんな忠実な読者はなかなかいないですよ。

小田嶋 先生はこの間、クリント・イーストウッドが監督をした映画「グラン・トリノ」の解説を書いておられましたが、私はとてもひどいアル中時代に、カーメルの店に行ったことがあるんですよ。

酒のためだったら怖くない

―― かめ? 亀有?

小田嶋 いや、カーメル。カリフォルニアの、イーストウッドが市長をやっていたところ。

内田 亀有って、両さん(注・マンガ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の主人公、両津勘吉)じゃないんだから(苦笑)。

―― すみません。小田嶋さんが、そんなおしゃれなところに行っていらしたとは・・・・・・。

小田嶋 その、イーストウッドがやっていたレストランに行って。だいたいカリフォルニアは禁煙だらけなんだけど、そこはもう、たばこは自由に吸ってくれ、という店で(笑)。

内田 いい店ですねえ。小田嶋さん、アル中時代でも、そういうアクティビティーはあったんですね。

小田嶋 アップル本社を訪れるというような取材企画がありましてね。サンフランシスコからサンディエゴまでロードムーヴィみたいにドライブして、途中で寄ったんですが、道中ずっと飲みっぱなしで。

内田 なるほど(笑)。

コラムニスト 小田嶋隆氏
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小田嶋 サンタモニカあたりに酒屋があるんですが、酒屋の周りの雰囲気がすごいやばいわけですよ。ホームレスがだーんとたむろしていて、中で酒を買ったやつが出てくると、俺にも少し分けてくれ、と、がーっと群がってくる。これは怖くて買いに行けないな、なんて案内役の友達と言い合いながら、ホテルにチェックインしたんですけど、ホテルに酒が置いてなかったので、じゃあ、やっぱり、あそこに買いに行かないとな・・・・・・ということになって。

 でも、俺は国際免許を持ってなかったんです。それで、「オレ、歩いて行ってくるよ」と友達に言ったら、「オマエ、あんなところに歩いて行って、無事に帰ってこられっこないだろう!?」って、散々もめて。結局、そいつが夜中に車を出して、ハイウエイの向こうの酒屋まで買いに行ってくれましたけど。

内田 アル中、恐るべしですな(笑)。

小田嶋 あんなところに酒を買いに行く、と言い張るほど、お前は酒にやられているのか、って友達は結構、驚いていました。アル中者というものは、もうある段階になると、明らかな危険を無視しちゃうんですね。ビールを2〜3本余分に買っておいて、配って歩けば襲われたりしないだろう、みたいに。でも、カリフォルニアの観光地の1本入った道の酒屋って、やっぱり観光客がすっとお酒を買える雰囲気じゃないんですよ。サファリと一緒だから、車から降りたら終わりだ、と言われましたね(笑)。

―― 内田先生はアルコール関係はお好きですか。

内田 おととい、うちの大学の校医さんと話していたら、「内田先生はアル中ですよ」って言われましたね(笑)。

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著者プロフィール

岡 康道(おか・やすみち)

岡 康道

クリエイティブ・ディレクター、CMプランナー。
1956年生まれ。80年早稲田大学法学部卒業後、電通に入社。CMプランナーとしてサントリー「BOSS」「南アルプスの天然水」、JR東日本「その先の日本へ。」など、時代を代表するキャンペーンを手がける。97年、JAAAクリエイター・オブ・ザ・イヤー受賞。
99年に日本最小最強のクリエイティブ・エージェンシー「TUGBOAT」を川口清勝、多田琢、麻生哲朗とともに設立。主なクライアントに、キリンビール、富士通、大和証券、富士ゼロックス、JR九州、中部電力、シチズン、大和ハウス、NTTDoCoMoなど。TCC最高賞、ADC賞、ACC賞、ニューヨークADC賞、クリオ賞など受賞多数。TCC会員、ニューヨークADC会員。現在、雑誌ポータルサイト「magabon」にて、エッセイ連載中

清野 由美(きよの・ゆみ)

ジャーナリスト。
1960年生まれ。82年東京女子大学卒業後、草思社編集部勤務、英国留学を経て、トレンド情報誌創刊に参加。「世界をまたにかけた地を這う取材」の経験を積み、91年にフリーランスに転じる。国内外の都市開発、デザイン、トレンド、ライフスタイルを取材する一方で、時代の先端を行く各界の人物記事に力を注ぐ。『アエラ』『朝日新聞』『日本経済新聞』『日経ベンチャー』などで執筆。著書に『セーラが町にやってきた』(プレジデント社)。 近著は『ほんものの日本人』(弊社刊)、『新・都市論TOKYO』(集英社新書・隈研吾氏と共著)

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。


このコラムについて

人生の諸問題

日本語は今や、ウェブ上で全世界でもっとも流通している言語だといわれるまでになった。しかも、読む人間より、書く人間の方が圧倒的に多いのだという。それほどまでに人々が文章を書いている一方で、相手に何かを伝えることの難しさは、むしろ増えているように思える。「誰もが発信者」、そんな史上初のシチュエーションを迎えた今、いったい私たちの「コミュニケーション」はどこに行くのだろう。広告の世界でクリエイティブディレクターとして活躍する岡康道氏と、コラムニストの小田嶋隆氏が、高校時代の同級生という縁から始まった「伝達」について、ゆるゆると語り尽くす…はずだったのだが?

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