「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

「本田△」が“読め”れば、ワールドカップもきっと面白い

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2009年6月15日(月)

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 この半月ほど、ずっとひっかかっていた言葉がある。
 いや、「言葉」と言って良いのかどうか……。
 単に「表記」と呼ぶべきかもしれない。

 私を悩ませていたのは、「本田△」だ。
 これは、何と読むのだろう?
 この三文字を、私は、どんな音で発声すべきなのであろうか。

 サッカー日本代表のW杯アジア地区最終予選の大詰めを迎えたこの春、わがサッカー界は、絶対に負けられない最終予選の試合に向けて、強化試合に相当する試合を組んだ。

 その、キリンカップの二試合で大活躍したのが本田圭佑選手(オランダVVVフェンロ所属)なのであるが、その本田選手は、なぜか一部で「本田△」と呼ばれているのである。

「ん? なんだこの△は?」

 私は、掲示板に散見する「本田△」表記を眺めながら、その読み方に難渋していた。
 これは、実は、よくあることだ。
 インターネット掲示板は、私的なジャーゴンが飛び交う、未熟極まりない言語世界だ。

 だから、発音不能な表記や意味のわからない略語や、出典の知れない引用にぶつかることがよくある。というよりも、そもそもネット社会は、そういう生煮えの言葉でできあがった沼みたいな場所なのである。

 ひとつ例をあげる。
 5年ほど前、私は、「にしこり」という4文字に悩まされていた。
 時々巡回していた野球系の掲示板に、「にしこり」という4文字だけを書き逃げする輩が現れていたからだ。
 意味不明。彼らは

にしこり

 とだけ書いて、ほかに何も書かずにどこへともなく消えていく。
 しかも、「にしこり」の意味を誰も教えてくれない。

 掲示板のマナーは職人の修行過程に似ている。「仕事は見て覚えろ」「ワザは盗んで学べ」てなことになっている。なんというのか、先人が後輩を甘やかさない世界なのである。だから、「この、《にしこり》というのは、何かの暗号ですか?」

 と尋ねても、マジメな答えは一切返ってこない。

「見た通り」
「にしこりはにしこり。ただそこにあるのみ」
「読むのではない。感じるのだ」
「心の目で見れば読めるはず」

 私は、はじめて「にしこり」を見てから、3カ月ほど、まったく意味がわからなかった。
 それが、ある日突然わかったのである。

 おおなるほど、このひとかたまりの文字列は、ある有名なアスリートを意味している。

 テニスの錦織圭選手?
 惜し……くない。まるで違う。
 第一、その当時錦織選手はまだデビューしていなかった。

 正解はニューヨークヤンキースの松井秀喜選手だ。

 よく見てほしい。にしこりは、松井選手の顔の上半分になっている。「に」は向かって左の目とほお骨の線、「こ」は右の同じく目とほお骨を、「し」が鼻、「り」が耳を表現している。

にしこり

 どうです? よく見て、にしこりが顔に見えたときの快感といったら無いでしょうが。

 さよう。これが「Aha体験」である。あるいはクオリア。
 わかった時には、血管の中に新しい血が流れる感じがしますね。

 こういうものは、本当は人に教えられるのではなくて、自分で発見する方が望ましい。
 その方が感動が大きい。

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著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。



このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

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