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34. 本を読んで成長するのは、書かれている内容のおかげではない。

シュティフター『晩夏』 後編

  • 千野 帽子

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2009年6月17日(水)

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 日直のチノボーシカです。

 人は本を読むことで成長するなどと言うが、それは必ずしも、なにが書いてあったかという内容のおかげで成長するのではない。本を読むという体験のさいちゅう、あなたは日常とは違った時間を生きている。そのことであなたは成長したのだ。

 本になにが書いてあるか、その内容だけが大事なのだったら、だれかに読んでもらって要旨を話してもらえばいい。しかしそのとき、その「要旨」はあなたを変えはしない。読書で大事なのは結果ではない。読書は過程にしか存在しないのだ。

晩夏 上』(全2巻)、アーダルベルト・シュティフター 著、藤村宏 翻訳、ちくま文庫、1,365円(税込)

 今回はこのことを、前回のお題であったシュティフターの長篇小説『晩夏』(1857)をネタにお話ししたい。この小説は、世界でもっともスロウな小説のひとつだ。同時代の人から退屈の極みと見なされたこの小説は、しかし素敵なやりかたで私たちの心に触れてくれるのである。

 そもそも『晩夏』は、筋だけを見れば、ほとんどなにも起こらない話だ。

 例によって旅先で山歩きをしていた若い〈私〉は、雨宿りさせてもらおうと、薔薇の花に完全に覆われた別荘のような一軒の家を訪ねた。館の主人は知人の息子グスタフを預かって育てている。使用人も数人置いている。主人は知識や教養において〈私〉をはるかに凌ぐ大人の男で、その教養に〈私〉は大いに驚嘆し、シビれてしまう。

 つぎの夏、〈私〉は館を再ひ訪れた。するとそこにはグスタフの母マティルデと姉ナターリエがいる。ふたりは毎年、薔薇の季節に館を訪れることを習いとしているのだ。〈私〉とナターリエは互いに好意を持つが、それはごくごく控えめに遠慮深く表現される愛なのだった。

 静かにそうっと愛を育んできたふたりだが、〈私〉が館に定期的に短期滞在するようになって9年目に婚約する。9年とは気の長い話だ。その間、館の主人は一度も自分の過去について触れることはなかったのだが、婚約が成立したその晩、館の主人は〈私〉とサシで語らう。そのときはじめて彼は〈私〉に、自分とマティルデの過去を物語るのだった。

 ──若く貧しかったころ、良家の子女マティルデの家庭教師だった。ふたりの恋はマティルデの両親に反対され、潰えてしまった。彼は家庭教師を辞めてしまう。彼はのちに官僚となって出世し、べつの女性といわゆる「愛のない結婚」もしたが、その妻にも先立たれてしまった。リタイアしたのち(リタイアの事情については前回参照)、彼はここに薔薇の館を建てて移住した。ある日、ひとりの女性が少年を連れてやってきくる。みずからもべつの結婚をし、夫に先立たれたマティルデだった。少年のグスタフという名は、リーザハのファーストネームだった。リーザハは少年を引き取って教育しようと申し出た──。

 この二世代恋愛物語は、このようにたった4段落に要約できてしまう。しかもこれはO・ヘンリーやチェーホフや芥川龍之介が書いた短篇小説ではなく、日本語訳文庫版でじつに1,000頁近い巨篇なのである。

 しかも、小説に出てくる恋愛はふつう、ロマンティックだったり激しかったりして、なんだかラフマニノフのピアノ協奏曲とかヴィジュアル系バンドの激しい曲を思い出させるものだが、『晩夏』の恋人たちの愛はあまりにも慎ましく、読んでいて思い出す音楽と言ったら、斎藤高順が作曲した小津安二郎映画の音楽くらいだ。ああなんと穏やかな……。

*   *   *

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