日直のボウシータです。
前々回と前回、私はシュティフターの長篇小説『晩夏
定職につかず、好き勝手に思索と研究に没頭する主人公。こんな高等遊民っぷりを紹介するだけでもう、感情移入派の人は
「感情移入できない!」
って投げ出すこと必至である。
おまけに、リーザハ男爵までが、主人公に輪をかけて私どもの日常から遠い存在である。こちとら毎日あくせく働いて、それでも貧乏しているというのに、この男ときたら、下級官吏からエリート官僚にまでのし上がり、しかもその仕事が合わないと言って悠々自適の隠者生活。なんという贅沢か。羨ましくて屁も出んわ。
という具合に、『晩夏』のふたりの主人公はどう考えても、世知辛い憂き世で毎日あくせく働いている私なんぞが
「うんうん、わかるわかる」
などと共感できるような相手ではない。
にもかかわらず、私はこの人たちの人生の物語に感じ入ってしまった。だから何回もこうやって文章に書いている。私はこの小説のことを、過去3回ほどいろんな雑誌に書いているのだ。いい加減しつこいのである。
このことからわかるのは、共感とか感情移入とやらいうものは、読書で必ずしも大事ではないということ。この話を、今回は書いてみたいと思ったわけです。せっかく『晩夏』の話をしていたわけだし。
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