コミュニケーションスキルに問題発見力、最先端のマネジメント手法と、ビジネスの能力を向上させる上で“学習”は欠かせない。
学ぶべきことはたくさんあるが、“学習”と“知識の獲得”は同じものだと思っている方はいないだろうか。ビジネスだけでなくアカデミズムの世界でも、知識社会到来に向けて“知識の獲得”が重視されている。
効率を尊ぶ風潮の影響で、とかくネット上で収集できてしまえる情報や知識が重宝がられる時代。“現場”の経験の中で育む知性が軽んじられる傾向もある。
そんな中、言語や身体問題を論じる前田英樹さんは「身ひとつで生きる自分が学ぶ」ことが大事であり、教養とは「物識りたちの大風呂敷を指して言うのではない」と指摘する。
知識を得ることが、学ぶことに必ずしもつながらないのはなぜなのか。
前田英樹(まえだ・ひでき)

1951年大阪生まれ。中央大学大学院文学研究科修了。現在、立教大学現代心理学部教授。19歳より古流剣術の新陰流を学び、「新陰流・武術探求会」を主宰。主な著書に『独学の精神』(ちくま新書)『倫理という力
』(講談社現代新書)『剣の思想
』(甲野善紀氏との共著・青土社)など。
――近年、学力低下やゆとり教育への反省もあったせいか、教育界で知識の獲得に対する取り組みが熱心です。基礎学力を重視した施策ですが、実体験をともなわない知識に偏重した内容は、“教育の歪み”をもたらすという懸念もあります。
前田先生はご著書『独学の精神』の中で、「ほんとうに大事なことは何ひとつ教えることなどできない」と書かれています。なぜ、知識の注入が真の学問につながらないとお考えなのでしょうか?
前田:学力低下やゆとり教育が日本の教育、学問の歪みを生んだと言われていますね。でも、私に言わせれば、本当の意味の教育の歪みとは、およそ学問というものが、情報を集めて整理することと同じ意味になってしまっている事態です。
「情報を集めて整理すること」は学ぶことではない
前田:ここでいう「情報」とは、断片的な事実を切り取って、抽象化したものです。それさえ集めれば全体像を把握できるという考えが、いまの世の中で主流になっていると思います。
――情報を収集し、知識にすれば、ものごとはよりよく理解される。これは疑いようのないことではないでしょうか?
前田:本当にそうでしょうか。あなたは“自分の身”をもっていますよね。自分の身が「いま・ここ」にあって生きています。しかし、情報量を重んじる考えは、ここに身をもって生きているという事実から切り離されています。
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