日直のボウシータです。前回に続き、共感をめぐって。
前回書いたように、本を読んでその本に「共感できなかった」とき、それだけを理由にその本を「ダメな本」「自分にとって意味のない本」と見なしてしまう人が、世のなかにはたくさんいる。これはとても恐ろしいことだ。
誤解されると困るので、ここははっきりしておこう。
人はだれでも、本に共感できる部分があればそれは嬉しいものだ。私だって鬼ではない。
私はここで、「本に共感を求める人や行為」を批判しているのではない。
「共感できなかった本を、それを理由につまらない本と決めつけてしまう人や行為」が問題だと言っているのだ。
つまり、「共感できるとうれしい」は人情として当然だけど、「共感できないとムカつく」は勿体ないことしてるんじゃないか、という話なのです。
本、とくに小説や漫画のような物語に「共感できなかった」。
その一時をもってその小説・漫画を「ダメな小説・漫画」「自分にとって意味のない小説・漫画」と決めつけてしまう人というのは、自分がすでに持っている「共感のツボ」を押してくれる本だけを求めている。
しかしこういう人の話を聞いたり、あるいはこういう人が書いた感想文を読んだりしているうちに、真相が判明する。
彼・彼女は、ほんとうは「共感したい」のではなく、「共感されたい」だけなのだ。
共感されたい。だれにか。まずは作者にだ。
それから、自分と同じように同じ本に共感している(つもり)であろう他の読者たちにだ(じつは、ここが大事)。
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たとえばXさんが、田村裕の『ホームレス中学生
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