「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

マイケルの死に目に会えた私たち

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2009年7月6日(月)

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 マイケル・ジャクソンの訃報は、なんだか拍子抜けするタイミングで届けられてきた。

 私は、朝の番組を見ながら、新聞を読んでいた。
 と、軽部アナがそれまでの芸能情報を中断して、いきなり速報原稿を読み始めた。

「いま入った情報によると、マイケル・ジャクソンさんが心肺停止状態で病院に……」
「!!!」

 こういう時、スタジオは、にわかに活気づく。
 時間が止まるというよりも、逆に、止まっていた時間が動き出す感じ。

 いや、私は、放送現場の人間が、マイケルの死を歓迎していたと言っているのではない。彼らが喜び勇んで訃報を伝えていたと言いたいのでもない。

 ただ、彼らのテンションは、明らかに上昇してしていた。

 無論、スタッフやコメンテーターの中には、マイケルのファンも少なからずいるはずで、彼ら個々人の思いについていうなら、彼らもまた、一人の人間として、このニュースに心を痛めていたのだと思う。

 でも、それはそれとして、テレビの現場にいる人間は、生放送の最中に飛び込んできたビッグニュースには、やはり昂揚する。そういうものなのだ。

 リモコンを操作して、各局を渡り歩いてみると、どこも同じだ。誰もがアドレナリンの上昇を隠しきれない。

「心配ですね」

 と言いながら、顔をテカテカさせている。
 
 スーパースターの死は、悲しむとか喜ぶとかいった事情を超えて、とにかく、巨大なニュースになる。

 マイケル・ジャクソンのような存在においては、訃報さえもがヒットチャートに乗る。言い方を変えれば、生老病死を含めたすべてがニュースになる人間を、人はスーパースターと呼ぶのである。

 しばらくすると、マイケルの死は、ひとつの時代の死として扱われはじめる。
 もちろん、スーパースターが死んだからといって、時代が死ぬわけではない。

 が、比喩の上では、マイケルが体現していた時代は、突然、光を失うことになったわけで、ということは、われわれが抱いていたマイケルにかかわりのある経験や記憶もまた、マイケルの死とともに、永遠に失われたことになる。逆に考えてみると、マイケルの死とともに生じた、人々の「追憶」の総量は、とてつもない量になる。

 スターの死は、肉親の死と同じ意味を持っている。実際、行き来の少ない親戚や、それほど親しくなかった同級生の死より、崇拝しているスターや、若い頃に熱狂した芸能人の死は、私たちにとって、ずっと辛く、重い。

 というのも、スターの死は、親しかった人間の死と同じく、自分の死でもあるからだ。

 誰かが死ぬということは、その人間とともに過ごした自分の時間が意味を失うことで、それは自分自身の一部分が死ぬことにほかならない。その意味で、マイケルのようなスーパースターの死がもたらす喪失感の大きさは、何十万人分の死に相当するのである。

 そんなわけで、マイケルの死についてコメントを求められた人々のうちの幾人かは、マイケルへの思いを語るうちに、いつしか自分語りを始めていた。

 私がマイケルをはじめて見たのは……
 スリラーが大流行していた頃、僕は小学生で……
 と、彼らは、告白を始める。

 対象への言葉が、いつしか、自分自身の話に変貌してしまっている。スーパースターというのはそういう存在だ。

 スーパースターの人生は、多くの人々にとって、自分自身の投影でもある。
 あるいは、マイケルのような並はずれてポップな存在は、人々の記憶を糾合するプリズムのような役割を果たしているのかもしれない。

 「スリラー」が流行っていた頃、自分は何歳で、どういう仕事をしていて、何を悩んでいたのか。
 「ブラック・オア・ホワイト」が流れていた頃、私は何をしていて、どんな人々と行き来していたのか。
 ……ビッグヒットは、追憶のトリガーになる。

※編集注:「スリラー」は1983年、「ブラック・オア・ホワイト」は1991年です

 集団的な記憶という意味で、スーパースターは、歴史的な大事件に似ている。

 どういうことなのかというと、あさま山荘事件や、オウムによる地下鉄テロや、9.11のような大事件が、人々の記憶を固定する役割を果たしているのと同じように、マイケルのようなスーパースターは、同時代を生きた人間の記憶をシンクロさせる示準化石になっているということだ。

 大事件や大災害に直面した時、われわれは、おそらく普段より緊張していて、それゆえ、より強力な記憶力を保持している。だから、われわれは、10年前の任意の一日については、ほとんどまったく具体的な事柄を覚えていなくても、大事件のあった日や、大災害のニュースが届いた瞬間の記憶は、鮮明に思い出すことができる。
 たとえば、同世代の人間が集まった席で

「阪神大震災の時、お前どこにいた?」

 と、問いかけると、必ず具体的な答えが返ってくる。

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著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。



このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

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