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37. 「あなたは傷ついている」と言われて癒されますか?

  • 千野 帽子

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2009年7月8日(水)

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 日直のボウシータです。「共感」をめぐるお話の3回目。

 前回書いたとおり、本に共感を絶対的に求めてしまう人は、ほんとうは共感したい人だったのではなくて、共感されたい人だった。

 本来、あらゆる文の作者・執筆者と読者とは、個人と個人の関係である。敵とか味方である以前に、まず個人と個人だ。

 ところがどういうわけか、自分が読む文の作者・執筆者に自分の「味方」であることを求める読者が多い。本や記事を読むためにお金や時間を投資したのだから、自分の「味方」になってくれて当然なのだと。これは個人と個人の関係ではない。敵味方で動く世界になっている。

 だから、「パトス的に納得できない」「おもしろさが理解できない」と感じたとたんに、「共感してもらえて当たり前」な思いこみが傷ついてしまうのだ。

 なんてことを書いたので、たぶん前回はいろんな人を傷つけてしまった。

*   *   *

 ウェブ上のネガティヴなコメントは、少数の「冷静で建設的なコメント」と、その他の「内容よりもコメンテイターの被害者意識のほうが強く迫ってくるコメント」に分けられる。

 後者には被害者意識丸出しの権利主張系もあれば、上から目線の高飛車なコメントもあり、冷笑的なコメントもある。全部ひっくるめて、書き手たちはパトス的な納得や共感の輪からはじき出されたことで傷ついている。

 ちなみに上から目線で冷笑的、とは私の文章にも当てはまるようなので、私もいろいろ傷ついているのかしら。まあそれは置いておくとして。

 で、この忙しい世のなかで人がご苦労にもネガティヴなコメントを書くということは、「私はこんなに傷ついているんですよ」と(本人そのことに気づかぬまま)主張する行為となっている。

 コメントの内容はこのさい関係ない。そもそもわざわざネガティヴなコメントをするという行為それ自体が、その人が意識せずとも感じているストレスや傷の徴候なのだ。少なくとも自分の狭い経験では、ウェブ上での批判を読むと、当方の発言がその人を傷つけてしまったことがよくわかる。

 このことを日経ビジネスオンラインの山中さんに話したところ、彼は私の発言の趣旨を理解してくれた。そして先日、ご自身のコラムでこの発言を引用した。

 ところが、当の山中さんコラムについたコメントを読むと、「千野帽子よく言った」「ネガティヴなコメントは傷ついている証拠なのだ。千野のように山中もコメンテイターの傷に共感せよ」(大意)みたいなことになっている。

 ちょっと待ってほしい。

コメント12件コメント/レビュー

 建設的なコメントには建設的なコメントがつき、ネガティブなものにはネガティブなコメントがつく、とおっしゃるかたの言うとおりだと思います。 人がなにかを書くのに、人それぞれの目的があるのでしょうが、なんらかの考えや感じ方を伝搬したいという気持ちがあるのなら、どうせなら読後感が良くて共感するように書くのが書き手のスキルだと思います。もちろんなかには、ただひたすら人を怒らせたい、不快にさせたいと思っている人もいるでしょうから、もしそのような文章を読んで不愉快になるなら、その文章は合目的的なんでしょうけれど。(2009/08/06)

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

 建設的なコメントには建設的なコメントがつき、ネガティブなものにはネガティブなコメントがつく、とおっしゃるかたの言うとおりだと思います。 人がなにかを書くのに、人それぞれの目的があるのでしょうが、なんらかの考えや感じ方を伝搬したいという気持ちがあるのなら、どうせなら読後感が良くて共感するように書くのが書き手のスキルだと思います。もちろんなかには、ただひたすら人を怒らせたい、不快にさせたいと思っている人もいるでしょうから、もしそのような文章を読んで不愉快になるなら、その文章は合目的的なんでしょうけれど。(2009/08/06)

主観ですが、冷静で建設的なコラムには冷静で建設的なコメントが付き、被害者意識の強いコラムには被害者意識の強いコメントが付くのです。ネガティブはネガティブを呼ぶのですね。まあ、コラムとコメントも対して変わりません。本コラムも読者に向けたコメント返しであるとも言えますし、そう表現を広げて行けばコミュニケーションにおける感情レベルは伝染すると言えなくもないと思います。 今回の内容は裏返せば、筆者も傷ついているとも読めます。人間の根本には自分を理解して欲しいという欲求があり、傷ついているときはつい同情を引こうとしてしまいます。傷のなめ合いは心地良いですしね。しかし、それが他人にとって共感しかねる物だったり、同情の引き方が行き過ぎたものになると嫌悪感や反発のトリガーとなります。特に自分の傷を見せまいと取り繕っている場合には反発となることが多いのではないでしょうか。この嫌悪感や反発は結構なネガティブエネルギーを生みますので、自分の中にため込むのは気持ち悪いです。手っ取り早く発散するには相手に叩きつけること。現実ではなかなか難しいですが、ネットでは相手の顔が見えない事が敷居を下げてしまいます。私のように文章を書くのが好きなら尚更で……。 ちなみに小説においては、この様なネガティブエネルギーもカタルシスへの味付けになるというものです。いえ例えならなくても、読み終われば閉じてしまう本の世界にはある程度寛容になれるというもの。何にしても感情は抑制するだけではなく発散するのも良いことで、読者にもある程度その自由はあっても良いのではと思います。(すっきり)(2009/07/10)

文学素人さん、きれいにまとめましたね。 さあ、どう返す?ブラックボウシータ!  、、とりあえず喫茶店に入ると色んな人がいそうです。  (ハナフサ)(2009/07/10)

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