「カラダを言葉で科学する」

「ツボはただの妄想」とツボ師は言う

身体と社会のコリほぐす鍼灸術〜鍼灸ジャーナリスト・寄金丈嗣氏(前編)

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2009年7月9日(木)

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 「話のツボ」や「ツボにはまる」といった言葉を暮らしの中で耳にすることは多い。なにげなく使っている「ツボ」だが、由来は東洋医学の鍼灸術にある。

 鍼を打ったり、もぐさを燃やしたりといった施術を受けたことのない人でも、鍼灸は人体に存在するツボを活用する医学だということは知っているだろう。

 今回登場いただく寄金丈嗣さんは、鍼灸師の資格をもっている。ところが、ツボの存在は「妄想だ」と断言する。実感として存在するが、実体はない。それがツボだというのだ。

 わかったようでわからない。そんなツボを通じて見えてくるのは、人間の体、生命の不思議さだ。

寄金丈嗣(よりかね たけつぐ)

1963年東京都生まれ。87年鍼灸師・按摩マッサージ指圧師の資格を取得。鍼灸を柱に据えた伝統学術の出版企画会社・六然社主宰、ジャーナリスト。高校時代よりフリーライター・編集者として活動。特に伝統的な職人技や、民間医療等の現場調査をライフワークとしている。いくつかの鍼灸専門学校等で非常勤講師を務める傍ら、主にプロ向けの講座や勉強会をプロデュース、伝統的身体技法や健康法をテーマに講演、市民サークルでの講義等、精力的に活動している。主な著書に『ツボに訊け!−鍼灸の底力』(ちくま新書)。

――鍼灸やツボの本は数多く出ています。でも、病気に対して本当に効力があるのかと、疑問に思っている人も少なくありません。人体にあるツボに鍼を打つことで、なぜ病気が治る現象が起きるのでしょうか?

寄金:最初に言っておきますが、「鍼を立てる、打つ」という行為は、完全に妄想をベースにしたものです。

 「妄想」という言葉を使うと嫌がる同業者も多くて「イメージ」とか言い換えろと言う人もいるのですけど、敢えて「妄想」と言わせてもらいます。一般的には、鍼灸医学は、ツボの存在を当然のこととしてスタートし、体系化されています。鍼灸関係の書籍も、ツボが効くことを自明の理として書かれています。

 けれども、私は「ツボなんてあるかどうかわからない。鍼を打っても効くかどうかわからない」ということをスタート地点にすべきだと思うんです。

 ツボは取り出すことができません。したがって実体としては存在しないのです。つまり、現状で鍼灸や東洋医学を真摯に語ろうとすれば、「ツボとは不可知の存在である」という立場からスタートするほかない。

 ただ、「ツボがある」と思って鍼を打つと、相手の身体が変わる現象が起きるのは確かです。

医学は科学になりえない……

――妄想とはつまり「実体がないのに、あると信じて治療すると有効だ」ということでしょうか。しかし、具体的に成果があるわけですから、それは「ツボがある証拠」とはいえないのでしょうか?

寄金:ツボが存在することへの“実感”はあります。けれど、私は“実体”としてはないと考えています。複数の患者さんに同じアプローチを行ったところで、同じ結果は出ません。そういう意味では、誰に対しても同じ効果を出す再現性がありません。これは術者・患者双方にいることです。機能としてなにかに作用することはできても構造としては存在しているとは言いがたいものです。

――再現性がないのに、どうやって施療を行っているのですか?

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著者プロフィール

尹雄大(ゆん・うんで)

ライター。1970年、神戸生まれ。「AERA」や「Number」などで執筆。〈考える高校生のためのサイト mammotv〉でインタビュアーを務める。著書に『FLOW 韓氏意拳の哲学』(冬弓舎)



このコラムについて

カラダを言葉で科学する

自分そのものともいえる「カラダ」とどう付き合っていけば快適な仕事生活を送れるのだろうか。様々な専門領域で活躍している研究者・エキスパートに、「ビジネスの日常にプラスとなるカラダの知恵」を授かるコラム。仕事のスキルアップはカラダを知ることから。

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