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打ち上げ花火への水かけ論

2009年7月13日(月)

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 不況のあおりで全国各地の花火大会が中止に追い込まれているのだそうだ。
寂しい夏…風物詩にも不況直撃 資金難で花火大会中止、縮小」(産経新聞 7月2日)

 同じニュースを、7月10日の「朝ズバ!」が特集で伝えていた。
 内容はおおむね記事の後追い。それもそのはず、ワイドショーの特集コーナーは、新聞のコピーを主成分にしている。記事を水増ししたカクテルぐらいな力加減。取材の薄さは人工甘味料で補う。そこがミソ。

 スタジオでは、「風物詩」という言葉が連呼されていた。

「花火の無い夏なんて、夏になりませんよ」
「夏の風物詩ですから」
「苦しいのはわかるけれど、なんとか存続してほしいですね」

 と、MCはじめ、コメンテーターの先生方も、誰もが異口同音に花火を擁護している。

 なるほど。
 私の感覚は、世間の空気からズレているのだろうな。どうせ。
 こういうタイミングで、個人的な見解を述べて、またコメント欄が荒れると思うと、ちょっと憂鬱だなのだが、アタマに感想が浮かんだ以上は仕方がない。それは吐き出されねばならぬ。

 いつだったか、所ジョージが言っていた。

「オレ、思ってることためこんでると吐き気がしてくるんだ」

 私も同じだ。
 結局、アタマの中にあることは言ってしまう。
 どんな場違いな言及であれ。
 ヒトが何かを言うのは、その発言に正当性が内在しているからではない。効果があると信じているからでもない。
 ただ、言いたいからだ。
 でなければ、単に思いついてしまったからだ。
 で、私や所さんのような人々は、言わずにおけば無事に済んでいたはずの局面で、余計な一言を言って人生を面倒くさくしている。

 つまり、そういう人間が原稿書きになるということだ。
 厄介な人生だ。両刃の剣。素人にはお勧めできない。

 ともあれ、コラムニストは、世間の偏見と闘わなければならない。
 武器は自前の偏見。さよう、不毛な闘いだ。が、とにかく闘うわけですよ。空回りでも、いたちごっこでも。よしんば独り相撲に過ぎないことがわかっていてさえ。

 私の考えを述べる。
 花火大会の中止および縮小は、歓迎すべき傾向だ。
 なにより、エコだし、地方財政の緊縮にも寄与するはずだから。

 不況云々は別にして、そもそも花火大会のような環境破壊イベントは、自治体があえて主催するにふさわしいものではない。
 ああいうはた迷惑な騒ぎは、好きな人たちが自分のカネと責任において実行すれば良いもので、少なくとも自治体をはじめとする公の機関に頼るのは筋違いだ。

 が、花火廃止派は、少数派だ。
 それほど、日本人は花火が好きなのだ。
 私の周辺にいる人々も、多くは花火好きだ。

「花火にエコ論議を持ち込むのは反則だぞ」
「そうか? やれレジ袋自粛だの待機電力節約だのと、二言目にはそういうケチくさいことを言ってる地元のお役所が、花火みたいな火力の浪費を賛美するのはヘンだと思わないか?」
「反則じゃなくても、野暮だな」
「野暮? オレがか?」
「そう。花火の風流を解さない人間は、野暮天」
「その通り。風流をつかまえて浪費だとか火力だとか。バカじゃないか?」
「エコが一番だっていうのなら、一生息止めてろって話だよ」

「……話が飛躍してないか?」
「つまりさ。エコが大事だと言っても、人が人であるために不可欠な要素を排除してまで貫徹すべきことじゃないということだよ」
「花火が人生に不可欠な要素だと言うのか?」
「粋な人間の粋な人生には不可欠。お前にはわからない」
「教養ある人間の人生には、風流や芸術や花火や花鳥風月が必要なわけだよ」
「それがわからないヤツは息止めて死ねってこと。酸素の無駄だから」

 廃止派は、分が悪い。

 でなくても、人々は、伝統だとか風物詩だとか美だとか風情だとかいった、その手のお江戸関連の術語を聞くと思考停止に陥る。そういうことになっている。粋、いなせ、風流あたりも怪しい。その種の甘美な言葉が耳に入ると、日本人は俄然甘くなる。

「ひとつ教えといてやる。粋っていうのは、グダグダ言わないことだぞ」
「つまり思考停止のことか?」
「だから、そういうふうに理屈を言うのが野暮だと……」

 野暮は承知している。
 だから私は、自説を強弁しようとは思っていない。喝采も期待していない。
 ただ、こういう考えの男もいるということを書き残しておきたいのだ。

 花火大会翌日の河川敷を自転車で走りながら、前夜の見物客の狼藉に心を痛めている日曜サイクリストは、少ない人数ではないのだ。ただ、良心的な人間は声が小さい。この構造が地方自治を害している。多数派による利益誘導。まあ、民主主義というのは、元来そういうものなのかもしれないが。

 一体に私は花火大会に類する派手な催しを好まない。
 人々が集まったり群れたり、行列を作ったり同じタイミングで歓声をあげたりするタイプのイベントに参加させられると、それだけで息苦しくなってくる。

「おお、いたか。花火行くけど来るか?」

 と、戸田板橋の花火には、毎年声がかかる。が、私は、断固断る。それも、花火に水をかけるカタチで。うむ。ここは反省すべきポイントかもしれない。無難な断り方もあるのに、どうしてなのか、私には、誘った人間の顔をツブしにかかるきらいがある。

「花火? 行かないよ。鬼のゲロ見に行くようなもんだし」
「なんだ? 鬼のゲロって」
「人だらけってことだよ。ぐちゃぐちゃで」

 顔をつぶしているかどうかはともかく、これから花火に行こうとする人々の気持ちの盛り上がりに水をかけていることは確かだ。反省せねばならない。
 
 思い出した。
 高校二年生の時、私は文化祭に水をかけていた。
 私の通っていた高校は、行事に熱心な学校で、文化祭の華やかさは近隣でも有名だった。

コメント70件コメント/レビュー

花火はエコでしょう.何万人もの人が,近場の明かりもクーラーもテレビもパソコンもない暗闇でボケーっと空を眺めているだけなんだから.(2009/08/24)

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「打ち上げ花火への水かけ論」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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記事のレビュー・コメント

いただいたコメント

花火はエコでしょう.何万人もの人が,近場の明かりもクーラーもテレビもパソコンもない暗闇でボケーっと空を眺めているだけなんだから.(2009/08/24)

私も似たタイプなので、言いたいことはよく分かりますが、花火不要論には反対です。私も大きな神社の門前通りに住んでいるので、年に何度か家の前は歩行者天国となって車は出せなくなるし、ゴミは大量に捨てられるし、玄関の目の前に屋台が出てて洗濯物は干せないし・・・いろいろ文句はあります。でも楽しい行事は、異性をデートに誘う口実になるし、家族になって子供が出来れば、子供の喜ぶ顔見たさに連れて行きます。不景気だからっていろんな行事を廃止してしまったら、婚活してる人は困るでしょうし、夏休みで暇をもてあましてる子供たちを持つ親も困るでしょう。不景気だからこそ、お手軽に安く楽しめる花火などの行事は必要なのです。(2009/07/27)

率先して文化祭は盛り上がりたがり、花火には浴衣を着てデートすることを楽しみにしている女ですが、このコラムを読んで、世の中にはこういう意見を持つひとがいるもんだということが分かって良かったです。テレビを持っていないので芸能人のことはよくわかりませんが、なるほどいろいろと大変そうですね。マスコミとその周辺には関わりあいたくないですね。というか最初から興味ないことによって平穏な生活が送るということがよくわかりました。(2009/07/27)

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