• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

新たなメディアは叩かれる運命にある~『社会的な身体』
荻上チキ著(評者:尹 雄大)

講談社現代新書、740円(税別)

2009年7月13日(月)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

評者の読了時間5時間00分


社会的な身体──振る舞い・運動・お笑い・ゲーム』荻上チキ著、講談社現代新書、740円(税別)

 電車に乗り込んだ途端、向かいの席に座った全員が一斉に携帯電話を取り出し、一心不乱にモニターをのぞき始めた光景に出くわしたことがある。思わず笑ってしまったが、「ケータイ依存」ぶりに冷笑を浴びせて満悦したわけではない。

 というのも、笑った自分はどうかといえば、席につくなり小説を手にとっていたからだ。耽る対象が異なることに、本質的な差などあるだろうかという感慨が浮かんだ。

 本書によれば、明治期に生まれた小説への世評はこういうものだった。

「淫猥極まる写実小説、陰険恐るべき探偵小説の流行は、世の有識者が児童教育の為めに、多望なる青年子弟の為めに、只管顰蹙せる所なりき」(『教育時論』開発社)

 人前で小説を読むことは、「バーチャルな世界に浸って碌でもないことになる」というような、人士の渋面を招く行為だったわけだ。著者はこういう。

〈新しいメディアはしばしば、人を退廃させるものとして非難され、古いメディアこそがわれわれの生活に適したものであるという主張を生む〉

 それにしても、小説が後に教養と見なされたように、なぜ新しいメディアは登場時、有害メディアとしてバッシングされながらも、いつしか穏当なメディアとして受容されるのか。

 本書は、そうした謎は「メディアとは何か」に関わるとした上で、メディア環境が人の身体を構築するという点に着目する。「新しいメディアを身体に取り込む」ことで「社会的身体」が形成される過程において、バッシングは必須のものである。この見解を前提に、著者は現代のメディア環境のありようを解明していこうとする。

 まず「社会的身体」とは何か。たとえば、かつてなら大工は鉋や鑿を十分に扱うことで一人前と認められ、社会的に意義ある仕事に参画できたとしよう。

 だが、能率的な生産工程を重んじるようになれば、技の熟練度よりも機械を扱える身体が求められるようになる。

 生物としての身体は変わらずとも、社会的な身体の意義は変容を迫られる。社会のあり方によって、求められる身体能力やその基準は異なる。

とにかく「教育に悪い」からバッシングされる

 こうした社会的身体の特徴を軸に冒頭で述べた「有害メディア論」を考えると、既存の社会が新しいメディアによる身体変容をどう描き出すかがわかる。その典型例が、「性的逸脱を招き、暴力を誘発し、風紀を乱し、身体に異常を引き起こし、人々が持つべき能力を奪い、文化を破壊」し、とにかく「教育に悪い」というものだ。

 本書では、90年代中葉に流行った、育児ゲームの「たまごっち」を例にとる。新聞紙上に「命の軽視を助長しないか」「大人になって出産しても、ちょっと障害を持っていたり、気に入らなかったりすれば、ポイとロッカーに捨てかねない」といった専門家の懸念が掲載された。一方、「むしろ命の尊さがわかる」といった反論も見られたという。

 新しいメディアの登場は、決まって「教育」を間に挟んでの甲論乙駁を伴う。不思議なのは、新興メディアの教育性が問題になりはしても、批判派も擁護派も争点それ自体を疑わないことだ。

 なぜなら〈「教育」は、「未成熟な者」を《あるべき主体》へと近づけていくための不断の実験作業〉であるからだ。

 かつて、手書きにこだわる作家とパソコンで小説を書く作家の間で批判の応酬があった。新旧メディアに慣れた身体を持つ者同士の争いは、それぞれが念頭に置いた《あるべき主体》をめぐる言説ではあっても、正誤の問題ではない。

 それでも新しいメディアの是非をめぐる論が時と場所を変え、反復されるのはなぜか。著者によれば〈ある種のリアリティが、繰り返し、欲望され、共有されている〉からだ。

 「リアリティ」とは、〈社会は人々に、メディアを通じた特定の振る舞い方が学習されていくことを期待している。同時に人々は、時代や状況に応じて、その身体を社会的に組み替えていく必要性を知っている〉ことだ。

コメント1

「NBO新書レビュー」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック