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ドストエフスキーは深読みすればするほどおもしろい~『「罪と罰」ノート』
亀山 郁夫著(評者:朝山 実)

平凡社新書、760円(税別)

2009年7月14日(火)

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評者の読了時間12時間00分

「罪と罰」ノート』 亀山 郁夫著、平凡社新書、760円(税別)

 手塚治虫の「MW(ムウ)」を読んだ。イケメン俳優の玉木宏が映画の宣伝でテレビに出ずっぱりで、彼はどんな秘密を抱えているというのか、気にはなるものの、かといってハリウッドばりのハデハデしい予告映像にはイマイチ魅力を感じず、映画館に出かけていくのも億劫だったからなのだが。

 原作のほうは、邪悪な美青年・美智雄(映画では玉木宏が演じている)と、彼を昔から知る聖職者・賀来(同じく山田孝之)がキーパーソンで、悪魔が世界を支配とようとするのを阻止できるかという話である。

 二人は住民全員が一瞬にして死に絶えた、小さな島の生き残りで(この出来事を国民はおろかマスコミも知らない。なんてことは、ありうるのかなぁと謀略史観につい突っ込んでしまったが)、手塚治虫は、日本政府が米軍との間に結ばれた核兵器の持ち込みに関する密約をモチーフにしていたのだとすぐにわかる。

 これはあくまで物語の設定であって、手塚がテーマとしたのは、無垢な子が圧倒的な暴力によって邪悪な存在に化身し、トラウマをひきずりながら成長した彼が、「受難者である自分にはどんな自由も認められるべきだ、その権利がある」と冷酷非情な殺人を繰り返したら、ワタシたちはどう対応すべきなのか、である。

 このマンガから、読者はいろんな現実を連想するだろう。美智雄の過去は、同情をひきだすに十分であるし、しかもあまりの美貌である。

 果たして、邪悪な存在となった彼を悔い改めさせることは可能なのか。救済の一点に、ひとびとの関心は収斂されていく。奔放にふるまう「悪魔」と、いっこうにあらわれる気配のない「神」をめぐるダークな物語でもある。

 さて、罪を感じないエリートが主人公といえば、ドストエフスキーの『罪と罰』がそうだ。

 大学生だった若者が、高利貸しの老女を殺す。本は読んだことはなくとも、たいていの人が1行におさまるあらすじを知っている名作だ。若かりし頃の手塚治虫も子供向けにマンガにし、のちに当時の未熟さを後悔するようなことを綴っている。

 詳しい読者なら、これに主人公の名前はラスコーリニコフであることや、彼が抱いた思想について付け加えるだろう。

ラスコーリニコフは、実は三人殺していた

 ドストエフスキーが「ナポレオン主義」と呼んだその思想は、天才には殺人さえも許されるという選民思想で、貧しさゆえに大学に通うことのできなくなったラスコーリニコフは己の不遇を呪い、独善的な考えにとりつかれていた。

 著者の亀山氏は、ロシア文学の研究者で、東京外国語大学の学長でもある。少年時代に『罪と罰』を読んで以来、ドストエフスキーに傾倒し、『カラマーゾフの兄弟』の新訳が異例のベストセラーとなったことでも知られている。このたび新訳の『罪と罰』の第三巻が出版、完結したばかりだ。

 『罪と罰』が誕生した1860年代のロシアは、皇帝を狙ったテロリズムの台頭した時代であり、当時のドストエフスキーは若い女性によろめいたり、ヨーロッパに旅行に出てはギャンブルに興じ、カネに困って書いてもいない新作の契約を三流出版社と結んでは借金の弁済にあて、またぞろギャンブルに出かけるという典型的な自転車操業を繰り返す、大馬鹿者だった。

 だから、しゃかりきに書かねばならなかったし、書くしかなかったわけだ。そんな文豪には、1849年に政府転覆を謀ったとされる事件に連座し裁判にかけられた過去がある。

 死刑宣告を受け、刑場に引き出されたドストエフスキーは、執行寸前に恩赦を受けている。これは、皇帝がその力を民衆に印象付けるために仕組んだ操作だったらしいが、そうとは知らない文豪にとっては、この劇的な体験はその後の創作人生に影をおとすことになる。

 という具合に、本書は、時代を鳥瞰し、作家の人となりを語り、小説の細部に虫眼鏡をあてたりしながら、名作の検証作業へと入る、いうなればオーソドックスな文学評論だ。それだけに、なれないと読みづらくもある。おもしろくなるのは、後半からだ。

 ドストエフスキーの創作ノートを見ると、『罪と罰』は当初、三人称で書かれた長編小説ではなく、一人称の告白形式の中篇小説として構想されていたらしい。

 金貸しの老女に対する「第一の殺人」のあと、ラスコーリニコフは想定外の「第二の殺人」に及ぶのだが、その犠牲者となる老女の腹違いの妹は、未婚ながら妊娠していたという設定だった。しかし、雑誌の発行人から、彼女が妊婦であることについては強く反対され、文豪もしたがわざるをえなかったという。

〈しかし彼が変更したのは、あくまで表現上の問題であり、彼自身の脳裏に妊娠六ヶ月という確固たるイメージが残存しつづけていた可能性がある。このディテールを回収することで、ドストエフスキーは、ラスコーリニコフに対して無言の圧力をかけることになった〉

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