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戦争の責任を「負わされた」人々~『シベリア抑留とは何だったのか』
畑谷 史代著(評者:山岡 淳一郎)

岩波ジュニア新書、740円(税別)

  • 山岡 淳一郎

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2009年7月15日(水)

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シベリア抑留とは何だったのか──詩人・石原吉郎のみちのり』 畑谷 史代著、岩波ジュニア新書、740円(税別)

 石原吉郎(1915~77)という詩人をご存知だろうか。敗戦から8年間ソ連のラーゲリー(強制収容所)に抑留され、過酷な強制労働を科せられた後、帰国して詩人となった人物である。画家の香月泰男(1911~74)は独特の色彩とタッチで自らのシベリア抑留体験を表現したが、石原は言葉でそれを問い直しつづけた。

 抑留者たちは生死の境を辛うじて切り抜け、恋い焦がれた祖国に戻るが、待っていたのは「アカ」「シベリア帰り」という差別だった。極寒の地での飢えと、理性を微塵に砕かれた体験を口にすれば「大変だったのは、あんただけじゃない」と拒絶される。祖国の日常のなかで「もうひとつのシベリア」に直面せざるをえなかった……。

 本書は石原の人生と詩を導きの糸として、シベリア抑留とは何かを問う労作だ。信濃毎日新聞の連載がベースになっている。石原は「夜の招待」という詩で世に出た。

 窓のそとで ぴすとるが鳴って
 かあてんへいっぺんに 火がつけられて
 まちかまえた時間が やってくる
 夜だ 連隊のように せろふあんでふち取って──
 ふらんすは すぺいんと和ぼくせよ
 獅子はおのおのの 尻尾をなめよ
 (中略)
 切られた食卓の花にも 受粉のいとなみをゆるすがいい
 もはやどれたけの時が よみがえらずに のこっていよう
 夜はまきかえされ 椅子がゆさぶられ
 かあどの旗がひきおろされ 手のなかでくれよんが溶けて
 朝が 約束をしにやってくる

 谷川俊太郎は「この詩は詩以外のなにものでもない。全く散文でパラフレーズ出来ぬ確固とした詩そのものなんです」と激賞。しかし詩の根底にある抑留体験について、石原は帰国から15年間黙して語らなかったという。

「アカ」ならば、今後のつきあいはできない

 それが、石原がノートに書き写していた弟への「義絶の手紙」が同人誌に掲載されたのをきっかけに一転する。石原からノートを借り受けた友人が、義絶状を転載したのだ。

 抑留中に両親を失った石原は、伊豆のおじの家に身を寄せる。おじは代々村名主を務めた旧家の主で、〈石原がもし「アカ」ならば今後のつきあいはできない。物質的な親代わりはできないが精神的な親代わりにならなれる──と告げた〉という。

 石原は、「さしあたり精神は物質よりも安くつくという笑うべきロジックがその底にあっただろうというぐらいの想像はしても差し支えないと思います」と義絶状にしたためる。

 そして、父母が眠る菩提寺の墓場をうろつき、「血族というものを前提とする一切の形式を避けて生きて行きたいと考えます」「私は、人間はどんな場合でも人間としてのみかかわりあうべきものだと考えます」と、故郷と訣別する。著者は記す。

〈故郷にさえ疎んじられ、戦後の日本に紛れ込めない石原は、もがくほどに、むしろ脱け出してきたはずのシベリアへと立ち戻っていく。苦しんだ末、〈灰色の記憶〉を断ち切ることはできないのだと石原が観念したとき、弟への手紙は書かれたのではなかったか〉

 義絶状の公開から一年余り後、石原はエッセイに抑留体験をつづりはじめる。

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