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ブレ続ける時代、ブレない主張を続けた2人

鶴見俊輔、和子という姉弟を知る

  • 松島 駿二郎

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2009年7月24日(金)

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 素晴らしき姉弟。戦後の思想史の中で、ブレない主張を続けてきた2人の姉弟、鶴見俊輔(哲学者)と鶴見和子(社会学者)の数ある書物の中から、対話や座談で構成された3冊を紹介する。対話や座談はとても読みやすいので、鶴見姉弟を知るための入門書としてお読みいただきたい。

◇   ◇   ◇

戦争が遺したもの 鶴見俊輔に戦後世代が聞く』 鶴見俊輔 上野千鶴子 小熊英二共著 新曜社刊 2800円(税別)

 鶴見俊輔は1922(大正11)年東京生まれ。母方の祖父は明治時代の有力な政治家、後藤新平だった。母親は長男俊輔を大変に厳しく育てた。俊輔少年はこれに大いに反発し不良少年(自称)になった。

 一方父親は東京帝大を優秀な成績で卒業し、時代の知識人となった。考えはブレ続け、戦中は戦争支持の大政翼賛会の総務理事の仕事に就いた。戦後は一時的に追放されるが、占領軍下で「転向」し、鳩山内閣で厚生大臣にまで上り詰めた。

戦争が遺したもの 鶴見俊輔に戦後世代が聞く』 鶴見俊輔 上野千鶴子 小熊英二共著

 父の軸足の定まらない生き方に反発して、俊輔は戦後「転向」の研究を始めた。転向とは思考の軸をブレさせること、優等生が罹りやすい性向だ。国家主義を教える先生がいたら、真っ先に手を挙げて、クラス一番になる。軍国主義でも同じこと。真っ先に手を挙げる。そういった肉体の習慣がエリートたちの内部に出来上がってしまう。

 ここで東大教授の上野千鶴子が、座談に合いの手を入れる。

 「確かにそういう学生が多いですね」

 学者だって同じこと。右顧左眄しながら「デモクラシー」と言いつつ「マルクス主義へ」さらに、「高度国防国家」へと乗り換えていく。「一番病」に罹ったエリートたちはみな同じで簡単にふらつく。

 とにかく、鶴見の反骨精神は父母の教育を土壌に育った。母親に反発して不良少年になり、万引きをして換金する、渋谷の百軒店で睡眠薬を大量に飲んだり、学校の成績ではビリケツを目指した。残念ながらホントのビリはもう一人いて、残念ながらブービーに終わった。

 鶴見は自分を培った土壌と、反骨の芽生えを生き生きと語る。

 戦後の日本の思想界を引っ張った『思想の科学』という雑誌の創刊にかかわった鶴見は、姉の鶴見和子からリストを渡される。戦中戦後を通じて軸足のブレなかった人物を、鋭い感性を持った和子はリストにしていた。そのリストの人物を『思想の科学』の同人にして、同誌は発刊された。俊輔は姉の和子に頭が上がらない。和子は常に俊輔を助け続けてきた。

 『思想の科学』は戦後日本の一里塚のようなものだった。この塚は揺れに揺れる日本の思想界の方向性をしっかりと読者に伝えるものだった。

 戦後の日本を揺るがせたものは「60年安保闘争」「ベトナムに平和を!市民連合」などがあるが、鶴見俊輔は一見へらへらに見えるが軸足を動かさない。その底の底にあるものは徹底的に「自由」だった。もう一つの基底的思想は「殺すな」であった。ベ平連で小田実と組んだのは、この一点「殺すな」だった。

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