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『夫の月収10万、妻は乳がん』の収支はいかほど?
~「貧」と「病」のダブルパンチに見舞われて

2009年7月29日(水)

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夫の月収10万、妻は乳がん』 スパリゾート井上&妻・玲子著、茜新社、1219円(税抜き)

 深刻な事態を示す書名なのに、なぜか合わせ技一本のような爽快さを感じる。タイトル前段のあらわす貧困については昨年来、ワーキングプアや派遣労働の実態を暴く本が書店の棚で目立つようになった。貧困は隠された場所から、目に見える問題として浮上してきた。

 後段のがんについてどうかといえば、医療書はもとより、余命いくばくかの花嫁の話からケータイ小説まで、がんの登場する書籍はこれまた多い。

 また、貧と病がタッグを組んだ例は、貧乏が当たり前のように存在した近代黎明期の自然主義文学において珍しくはない。

 だが本書は小説ではない。著者の妻の乳がんが2007年3月に発覚、以降の経過を実体験に基づき綴ったものだ。

 こうした本が出てきた背景には、貧困は偶発的なものではなく、社会制度によって作り出されるという構図が露わになったことも考えられる。今後は貧と病とは別個のものではなく、相補的な関係として社会問題になることを予感させる。

 のっけからまとめのようなことを書いてしまったが、そういう早分かりできてしまえることを著者は述べているわけではないし、本書の肝もそこにあるのでもない。

気になるのは金のことばかり

 本書は、著者が妻の乳がん発覚を機に、それまでの貧乏暮らしがどのような影響を被ったか。月収支を記し、著者の心情の変化を妻がコラムで応えるという体裁をとっている。

 セカンドオピニオンや病院選びのアドバイス、治療中に訪れる心身の変化について具体的に書かれているが、やはり本書の骨頂は、ノンシャランに見える著者の筆致で、「がん治療の敵は、がんではなく、貧乏」と喝破するにいたった道程にあるだろう。

 妻の見た目は昨日までと変わりない。健康に見えるだけに、「右乳房から、右リンパまでの全摘手術」しか助かる方法がないことに、やはり「ショックで、ぼうぜん」とし、何も考えられなくなった。加えて、「貧乏」という見慣れたはずの事態が別の相貌を見せて迫り来ることに狼狽した。

 著者はエロ本を中心にライターをしているのだが、昨今の出版不況で3件続いて出版社が倒産。仕事が減っただけでなく、支払われるべき原稿料すら回収できない苦境に追い込まれていた。

 「貯金ゼロ!! 月収10万円!!」という暮らしも「貧乏も慣れると慢性化し、苦痛に鈍感になるようで…」と乳がん発覚までなら言えたが、治療にはまとまった金が必要だ。貧乏が抜き差しならない厄介な存在として、著者の暮らしに立ち塞がる。

 ブッダは人間の生につきまとう生老病死の四苦を提示したが、そのうちの生と病の苦ふたつまでが同時に著者を見舞うというハードな暮らしの中、さらに問題がふりかかる。

 妻のがん発覚をきっかけに、著者は折り合いの悪さから3年間連絡を絶っていた自身の実家とふたたび交流する。家族との和解というイイ話になるかと思いきや、3年のうちに実父と祖母は認知症になっていた。

 それでも〈嫁さんの乳がんという深刻な病気が、僕と実家の距離をずいぶん身近にさせてくれた〉と著者はあくまで前向きだ。

 抱えた貧と病の苦を起因に、過去の遺恨を解決する糸口が見つかるという逸話に出会うとき、人生の禍福はわからないとの感を強くする。

 しかも著者は高血圧を患っていたが〈嫁さんの乳がん治療の費用を心配していると、どういうわけか血圧が正常に戻り、現在では治療を受けなくてよくなりました〉との説明に接しては、吉報として受け取りページを繰りそうになる。

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