8月に入ると夏休みという人も多いと思います。お盆の時期になると、自分の先祖について考える機会も多くなるが、今年はもっと壮大に人類のたどってきた道のりにまで思いをはせて、人類の来し方行く末を考えてみてはいかがでしょう。
現在、世界の人口は68億人、国連人口部が発表した「世界の将来人口推計」2008年度改訂版によると、2050年には91億人に達するといわれています。しかし、現生人類がアフリカの片隅で誕生したとき、ほんの小さな集団でしかありませんでした。
その20万年のあいだに、人類は移動を繰り返し、ときには孤立したり、集団同士が争ったりしながら、種として成長を続けました。アフリカで暮らしていた現生人類の祖先がアフリカ大陸を離れて世界に広がっていったのは、今から5万年以上前のこと。

アフリカ・ナミビアで弓と矢を持ち塩沼を行く狩猟採集民族のサン人。ジェノグラフィック・プロジェクトは、米国ナショナル ジオグラフィック協会と米IBM社が共同で人類の軌跡をたどる5年間のプロジェクトである。
アフリカからアラビア半島を越えてユーラシア大陸に渡り、ヨーロッパやアジアへと広がっていったことはわかっていますが、どのようなルートを通って世界に散らばっていったかについては意見が分かれています。初期の移住者は、アフリカを離れて中東に定住しました。イスラエルのカフゼ遺跡から発見された人類の化石は9万2000年前のもの。ナイル川を北上して中東に入った彼らは、そこから移動せずに約9万年前に絶滅しました。
アフリカから別の小さな集団が旅だったのは7万〜5万年前。最後の氷河期に入った7万年前の地球は海面がいまよりも低く、アフリカの角と呼ばれる現在のソマリアと、紅海を隔てた先にあるアラビア半島はもっとも近いところで数キロしか離れていなかったはずで、ごく原始的な船でも渡ることができたはずです。
こうしてアラビア半島南端に入って広がっていった小集団がやがて世界へ広がることになる。現在アフリカに住んでいる人たち以外は、みなこの集団の子孫だと考えられています。

アフリカ・チャド北部に広がったサハラ砂漠。砂漠に吹く風がこのような足跡を速やかに消し去っていく。
人類の遺伝子情報、すなわちヒトゲノムは、世界中のどの人でも99.9%まで一致します。残り0.1%のDNAが、目の色やどんな病気にかかりやすいか、といった個人差を生み出しているのです。進化の歴史のなかで、まれにこの0.1%のDNAに無害な変異が起きることがあります。するとその変異は子孫にも延々と受け継がれていき、同じ変異(マーカー)を持つ者同士は、何十、何百世代を経ても同じ祖先を持つことがわかります。こうしてより多くの人のマーカーを比較することで、人類の遠い祖先までさかのぼることができるのです。
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