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「ムーアの法則」対「こぶ平パラダイム」

2009年8月3日(月)

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 7月の末に、パソコンを新調した。

 新しいブツを買うと、しばらくの間しあわせな気持ちになる。幸福感は、レーザー・マウスで2日、ウォークマン(いや、携帯音楽プレーヤー)なら1週間ほど続く。ちなみにスニーカーだと約3日。チョコレートの場合、20分で夢が醒める。

 今回は、新しいパソコンだ。大物だけに、期待できる。たぶん、半月は腹が立たない。一週間ぐらいは、毎朝目を覚ますのが楽しみだったりすると思う。さよう、私は資本主義の申し子だ。チルドレン・オブ・キャピタリズム。金ずくで幸せになれる男。上出来な人生だ。

 1980年代のはじめに、PC-8001というマシンをゲットして以来、私は、ほぼ3年に一度のタイミングでマシンをアップデートしてきた。ちなみにPC-8001について「ゲットした」という変な動詞を使ったのは、それが自腹で買った商品ではなくて、永久保持(←「ジュール・リメ杯 永久保持」で検索してくれ)したブツだったからだ。

 当時、業界には、「マシンは天下のまわりもの」という格言があった。パソコン本体に限らず、プリンタであれモニタであれ、ハードウェアは、仕事がらみで、なんとなく運ばれてくることが多かった。それら、メーカーがパソコン雑誌の編集部に貸与したことになっているマシンたちは、いくつかの転居先をオリバー・ツイストみたいに巡り歩くうちに(事実、一時期私の手元にあったPC-6601mkIISRは、「オリバー」という愛称で呼ばれていた)、製品寿命を喪失するのが普通だった。なんというのか、「貸与」という手続きが、必ずしも「返却」というアクションとワンセットになっていなかったのである。返却を待つまでもなく、商品自体が無効化していたから。

 それほどに、20世紀のパソコン世界は諸行無常だった。新発売の機種が最先端のマシンでいられる期間は、せいぜい1年。だから、主にパソコン周辺で糊口をしのぐライターであった私は、常にニューマシンを更新し続けることで、自らの生活を律していたのである。

 90年代になると、自腹でパソコンを買うようになった。
 業界が落ち着いて、ブツが回遊しなくなったからだ。

 おかげで、マックとDOSマシン(※編注:その後のウインドウズ機)の双方について、最先端の装備を維持するために、少なからぬ出費が発生する首尾となった。マックの新製品は、軽く60万円オーバー。それでも3年後には鉄クズになった。ほかにも新しいプリンタとか、ハードディスクとか、モデムとか……それらのうちのいずれが欠けてもシステムに穴があくわけだから、当然私はすべてを買っていた。いったい、どこにそんなカネがあったのだろう。いや、必ずしもカネがあったわけではないのだ。

 ……つまりアレだ。私は自転車操業をやっていたのだな。実際、年収から、マシン関連の出費を差し引くと、私に残された可処分所得は、一日のボトル代だけだった。働いて、ネズミ車を回して、マシンを買った残りのカネをアルコールに変換する生活。なんという不毛なクローズドサーキット。

 が、当の本人である私は、結構楽しくやっていた。
 当時はまだ「ワーキングプア」みたいな底意地の悪い概念は、発明されてなかったし。

 だから私は自分のことをいっぱしの高額所得者だと考えていた。でもって、最先端のマシンに囲まれてビュンビュン仕事をこなしている有能な男であると思い込んで、いい気持ちになっていた。

 私は幸せだったのだろうか。
 ドリーミング・プア。貧しいのならせめて夢を見ろよ、とか、そういう本を書いたら売れるのだろうか。
 たぶんダメだろうな。
 平成の若者はひっかかってくれない。彼らは賢いから。若いに似合わず。

 思うに、愚かさは、若さの弱点ではない。むしろ、若者の特権だったはずのものだ。
 若いからこそ、無思慮な出費や、軽率な遠回りが許される、と、われわれが若かった時代、若い人間は、むしろ積極的に愚かであろうとつとめたものだったのだ。

 が、21世紀の若者は、賢い。
 そうやって若さの特権を放棄している彼らが、いったいなにを目指しているのか、私にはそれがわからない。

 賢い若者は、暗鬱なオヤジになるしか道が無いと思うのだが、もしかして、彼らはすでに長い老後を先取りしているのであろうか

 つい最近知り合いから聞いた話だが、とある大手広告代理店では、今年の新入社員の中で、この夏までに新車を買った人間が、一人もいないということが話題になっているのだそうだ。

 なんということだろう。
 他人を煽ってナンボの広告マンが、堅実な生き方を選択する組の人々になっている。
 そんなことで、どうやってアップビートなメッセージを打ち出すことができるんだ?

 われわれの時代の広告マンは、初任給を頭金に、いきなり新車のローンを組む人々だった。
 初任給の段階で出遅れていた意気地なしも、6月の初ボーナスが出る頃には、それを全額突っ込んでなんとか追いつこうとしていた。そういうトレンドだったのだ。

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「「ムーアの法則」対「こぶ平パラダイム」」の著者

小田嶋 隆

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

コラムニスト

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、紆余曲折を経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。

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