4時間00分
とあるラジオの人生相談にて、上品にゆったりとした口調で、お婆さんが悩みを語っていた。
「病院に行ったらですねぇ、お医者さまがおっしゃるんですよ。タバコは控えめにしてくださいって。でも、わたし、吸わないんです」
話の行き先の見当がつかず、それでも相手がお年よりとあって、回答者を務める占い師の、相槌を打つ間にも辛抱強さがうかがえる。夫の存在が表に出て、ようやく悩みの正体が見えてきた。
夫はヘビースモーカーで、嫌煙者の老妻がやめてほしいと頼みこんでも、一向にやめようとはしなかった。あきらめていたのだが、突然、その夫が禁煙を宣言した。
「よかったじゃないですか」と回答者が口をはさもうとすると、「それがですねぇ」とくぐもった声色。
「孫が嫌がるから、やめるというんですよ。それにタバコも高くなったしなって。わたしの健康のことは一言もないんです」
長年連れ添ってきたのに、もうこの人とは……と言葉を飲み込んだ。さあ、回答者は、どう助言するのか。
長年の妻の労をねぎらい賞賛し、夫のドンカンぶりはいけないと非難する。「そう思われますか」。こころなしか、老妻の声が明るく弾んだように聞こえた。
別れるなんて考えてはいけない、旦那さんはあなたに頼りきっているんですよ、旦那さんには「あなたしかいない」のだからと、回答者は一押し、ふた押しする。
さすがは占い師である。相談者の欲する言葉を見抜いていた。
さて、本書は「家族内殺人」の取材を続けてきたライターによるノンフィクションだ。
畠山鈴香の「秋田連続児童殺害事件」や、夫と次男を溺死させた山口礼子の「佐賀・長崎連続保険金殺人事件」をはじめ、ひきこもりの長男が両親と姉をめった刺しした事件、祖母による孫の殺人未遂、セレブ妻が夫を殺し遺体をバラバラにした事件など、取材したケースは多岐にわたる。
〈たとえば子どもによる凶悪事件が起きれば、不安にかられる親の期待に応えるかのように、何か、明快な原因が指摘されることがある。食品添加物等の「食」の問題、シックハウス等の「家」の問題、あるいは「ゲーム脳」、と何でもいいのだが、そのたびに、私は違和感を覚えてきた。その明快さは、あまりに危険であると〉
取材の姿勢は、犯行におよぶプロセスをさかのぼりながら、何がそうさせたのか、ひとりひとりの加害者をかたちづくったものを知ろうとすることにおいて一貫している。
育児放棄と「殺意」には距離がある
たとえば、畠山鈴香の子育てぶりについて、彼女とパチンコ店で同僚だった人の、こんな証言を拾い上げている。
「『泣いて寝ないときは、ダンボールに入れてふたをする』って、笑いながら言っていた」
あるいは、スナックの元同僚は、畠山が首の据わってない赤ん坊連れで遊びにやってきたとき、往復に一時間かかるというのにおむつの替えもミルクも持参せず、子供が泣いても一切かまわず、夫の愚痴を言い続けていた、と語っている。
ふたりの証言は、加害者のダメ母ぶりを印象づける。しかし、だからといって、誤って子供を死なせることはあるにしても、「殺意」があったと認定するにはいまだ距離がある。
いっぽうで、畠山被告に自分を重ねてしまう同年代の母親たちが少なくないのだという。
著者自身、ひとりで乳飲み子を育てながらイラついた経験があり、育児放棄のうかがえる加害者を特別な人に思えない。むしろ、身近に思える部分を感じるからこそ、取材に駆り立てられるのだと記している。
しかし、著者の丹念な取材を通しても、感情の浮き沈みの激しく証言がころころと変化する畠山被告の内面はわかりづらい。取材が足りてないといいたいわけではない。むしろ、探れば探るほど、わが子に対する「殺意」があったかどうかについては、白黒つけがたいものであることが伝わってくる。
これに比べ、ミステリーのどんでん返しのように納得できるのは、夫と次男に保険金をかけ、愛人と共謀して溺死させたとされる山口礼子のケースだ。
彼女は、主犯男性がわが子を殺害する現場に居合わせ、かわいそうと思ったという。しかし彼女自身、男性から日常的に暴力を受け、言いなり状態で、「腰が抜けて」なにもできなかったと語っている。
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