「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

「のりピーの夏休み」は意外に短そう

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2009年8月11日(火)

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 先週頂いた夏休みの間、私は、考えていた。
 どうして自分は、こんなにものりピーに注目しているのだろう、と。

 どうでもいいと、心の片側ではそう思いつつ、もう一つ深い部分で、どうしても無視できない。

 だから、選挙報道や、各党のマニフェストの情報を脇に除けて、台風情報もイチローの連続安打記録報道も、本田△のゴールのお知らせもすべてを押しのけて、私は、結局、のりピーの続報を待ち続けた。

 不可解ななりゆきだ。

 だって、しょせんは旬を過ぎたアイドルの、ありがちな不祥事に過ぎなかったわけで、ポロポロと漏れ出してくる周辺情報を含めてみても、報道された内容のほとんどは、当方が当初抱いていた予断とそんなに違わなかったのだから。それなのに、私は、彼女を黙殺することができなかった。

 20年間テレビに出続けている人間への関心は、それほどわれわれの心の奥深くに根を張っているものなのだろうか。

 おかげで、彼女が富坂署管内の警察施設に出頭した旨を伝えるニュース速報が流れた直後に始まった情報番組(「情報7days ニュースキャスター」TBS系)は、30.4%という驚愕の高視聴率を獲得した。ちなみにこの数字は、NHKを含めた全放送局の、あらゆる時間帯の放送の中で、今年度記録された最高視聴率だという。

 のりピー現象は翌日も続いた。

 逮捕の翌日の日曜日、「真相報道バンキシャ!」(日テレ)が、21.4%、サキヨミLIVE(フジ)が、18.8%を記録している。いずれも番組の新記録。びっくりだ。

 のりピーは間違いなくカムバックするだろう。
 今回の事件を通じて、広範な需要が証明された以上、消えることは不可能だ。
 業界が黙っていないし、ファンが放っておかない。なによりオレら野次馬が彼女を待っている。いつまでも。青い顔色の飢えたウサギみたいに。

 今回は、のりピー騒動の謎について考えてみたい。
 誰が得をするわけでもないのに、それでも人々がのりピーに注目せずにおられなかった理由について、だ。

 8月のアタマに押尾学容疑者と酒井法子容疑者が立て続けに逮捕されて以来、しばらくの間、テレビはクスリの話題だらけだった。

「絶対にいけません」
「清純派のイメージが粉々に……」
「どんなことがあっても薬物は薬物ですから」

 キャスターは、いまさらながらに薬物のおそろしさを強調している。

「こわいですね」
「若い人たちにぜひ訴えたいですね」

 ……白々しいと思ったのは私だけだろうか。
 なーにをいまさら。
 私は、逃走初日の報道を眺めながら既にそう思っていた。
 

 でなくても、「薬物は危険です」というお話は、カタにはまっている。それゆえ、決まり文句を聞かされているこっちはどうしたってうんざりする。若い連中は特に強くそう思うはずだ。

「わかってるよ、うっせえな」

 と。
 問題は、後半にある。つまり、何回も聞かされているうちに、「わかってるよ」よりも、後半の「うっせえな」に重心が移るのだ。

 「わかってるよ」の手前で言われていることについては、よほどの間抜けでない限り、既に了解済みだ。クスリのリスクや、クスリのヤバさや、シャブの危なさについては、彼らだって十分に承知している。さんざん聞かされてきてもいる。

 それでもなお、「うっせえな」と彼らは思う。
 あるいは、わかっているからこそ、彼らは「うっせえよ」とそう感じる。

 当然だ。
 補足すれば

「うっせえな、危ないのはわかってるよ。危ないから面白いんじゃないのか?」

 と、彼らは、そういうふうに考える。
 もちろん、面白い以上に、想像を絶してアブないのであるが、であっても、この際、危なさを強調するのはあんまり得策ではない。

 ブルース・スプリングスティーンは、"Blinded by the light"という歌のシメのフレーズで以下のように歌っている。

"Mama always told me not to look into the sights of the sun
Oh but mama that's where the fun is"

「太陽を直視するな、とおふくろはいつもいっていた。
 でも、ママ、そこにこそ楽しみはあるってもんだぜ」

 青春の暴走てやつだ。オレたちみたいな半端者は、ベイビー、突っ走るために生まれてきたのさ、とかなんとか、特にロックンロールジェネレーションじゃなくても同じことだ。若いヤツは無茶をしたがる。旧石器時代以来の伝統だ。

 大人が「いけない」と禁じることには、何か良いことが隠れているはずだと、7歳児の本能はそう考える。

 子どもが見てはいけないことになっている真夜中のテレビ番組に、どんな秘密の宝物が隠れているのか、それを知るまでの間、少年は未知の画面に憧れ続ける。無論、知ってしまえば、たいしたものではない。子どもにとって有害なものは、大人にとって有害でさえない。それだけの話だ。
 
 もう少し知恵がついて、禁じられているものには禁じられるだけの理由があるということがわかる年頃になると、今度は、禁じられたブツにではなく、禁忌を破るという行為自体に価値を見いだすようになる。

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著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。



このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

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