将棋界は今、あの羽生善治でさえ溺れかねない「激流」期にあるらしい。
定跡にない斬新な手筋を誰かが編み出しても、すぐさま他の棋士がその棋譜を分析し尽くして「研究済み」としてしまう。羽生は語っている。
「野生だと思っていたら、あっという間に舗装されてサファリパークになってしまう(笑)」
本書は、羽生と、ジェイムズ・ジョイスの『フィガネンズ・ウェイク』の翻訳などで知られ、将棋通としても有名な柳瀬尚紀氏との対談をまとめたものだ。
かつての将棋はお互いに定跡を守るのがお約束。最初から30手くらいまで自動的に進み、残りの70手で戦うという、のんびりした雰囲気が残されていた。
羽生によれば、「お昼に何を食べようかとか、そんなことを考えながら作戦を選んでいた」。将棋の本質は戦争ゲームだが、そんな牧歌的なところがあったのだ。
しかし、中学生棋士としてデビューして以来、前人未踏の7冠王など輝かしい成績を収める羽生は、前出のような職人芸的な世界に、データや確率などを重視した科学的なアプローチを導入した。羽生と同世代の森内俊之、佐藤康光なども同様で、彼らはそうした研究の成果を惜しげもなく公開した。
超最先端か、処女地か
羽生にとって約21年のプロ棋士生活をサバイバルする中で、将棋世界の“コモンプレイス(共通認識)”の領域は驚くべき速度で広がってきた。
情熱の強さという意味で羽生に似た存在として、柳瀬氏は世界最大の英語辞書『オックスフォード・イングリッシュ・ディクショナリー』の中心的な編纂者、ジェイムズ・マレー博士をあげる。その柳瀬氏に対して少し弱音を吐く。
「サイクルもものすごく速くなっていますよね。だんだん人間が追いつけなくなりつつあります」
では、“舗装された道”が増えることでどんなことが起こったのか。
将棋の盤面には本来、無数の選択肢がある。駒を自在に操り、攻め守り、勝ちにつなげていくのが棋士のはずである。しかし羽生はあっさり言う。
「ほとんどの選択肢はマイナスの手なんです。つまり、その手は指さない方がよかった、という選択肢だらけということ」
序盤は、研究済みの棋譜通りに駒組みが進んでも、不思議と後半になると駒は定跡とは異なる動き方をし始める。いわば「未知の領域」に突入するのだ。
そんな時、プロもミスを犯す。多かれ少なかれ、悪手を指す。ここで大事なのは、マイナス100〜200点の手を指して将棋を台無しにせず、マイナス5〜10点くらいの小さな間違いにとどめる事ができるか。
例えば一度、矢倉という陣形を作ったら、駒を動かすと形が乱れる。だから、囲いに使う駒を動かすことはもう「選択肢としてない」。効率的に駒を動かすほどに、実は、有効な手段がなくなっていく。何とも皮肉な現象が起こるのだ。
「駒を動かしていない状況ならば、プラスの手段はたくさんあります。でも、プラスの手を重ねてゆくうちに、いつかある飽和点に来るでしょう。これは、マーケットでも同じことです」
羽生の口から思いがけない言葉が飛び出した。
飽和点――。羽生は、対談の中で突如、将棋と経済の一致点を見いだした。
効率的に生産し、消費者に届けるというスタイルを確立すればするほど、市場の飽和点は早くなる。新しい商品や情報はたちまちライバル社に研究され、オンリーワンのキラーコンテンツではなくなる。羽生は高度消費社会の現代のマーケットの本質を見抜いただけでなく、新しいモノを生み出そうとする担当者の苦しみ(喜び)に同志的な共感を抱いているのかもしれない。
では、その飽和点から脱却するためにはどうしたらいいのか。
ある棋士は、飽和点にあることを自覚しつつ、それでもとにかく努力し最先端を突き進もうとする。その一方で、一手一手がカオス状態(型が決まっていない無秩序な指し方)の誰も手をつけていなかったような処女地を切り拓いていくスタイルの棋士も、いる。
「覚えたての人が最初にやるような乱戦みたいな将棋をプロが真剣にやっています」と羽生自身が語るように、棋士は今、どちらかといえば、野性味のある手を駆使することで脱却をはかろうとしているように見える。
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