「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

2009年8月24日(月)

「ヒット・エンド・ラン」を知らない子供たち

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「全員野球で」

 と、鳩山由起夫氏は、党代表に就任した折、第一声で、確か、そう言っていた。

 その時、テレビの画面を見ながら、わりと簡単に納得した気分になったのは、たぶん私がオッサンだからだと思う。

 男でも中高年でもない、日本人のうちの四分の一ほどを占めるヤングでフレッシュな人々は、鳩山代表の発言をうまく理解することができなかったはずだ。

「なぜ野球?」
「野球って、もともと全員でやるもんじゃないのか?」
「メンバー制の秘密地下野球とか、そういう歴史があるんだろうか」
「それよりどうして政治家が野球なんかやるの?」
「党首が投手で捕手が保守とか、そういうシャレみたいなことか?」

 まるで違う。
 そんな話ではない。 

 「全員野球」という言い回しは、野球という競技について一定の知識と観察眼を持っている人間でないと正確には理解できない。

 その意味で、鳩山氏の演説は、平成の一般国民に向けたメッセージとして、出来の良い表現ではなかった。まあ、過ぎた話だが。
 
 「全員野球」は、単に「みんなで一緒に野球をする」というお話ではない。

 「特定の主力選手のチカラに頼るのではなく、ベンチ入りしているすべての選手の力を結集して闘う」と言い直してもまだ足りない。
 「全員野球」と、政治の世界にいる人間が、あえてそういう看板を掲げた以上、その看板には、党員に「自己犠牲」を期待する強い決意がこめられている。私はそのように理解する。

 「全員野球」における野球とは、以下のごときものだ。

・打者は、ヒットを狙うのではなく、むしろ次の打者につなげるために打席に立つ。
・そのために、犠牲バントやエンドランのような自己犠牲を伴うプレーを厭わない。
・で、最終的に、チームのメンバー個々人は、個人の成績のためにではなく、チームの利益のためにひとつになって闘う。

 このプレー姿勢を政治の世界向きに翻訳すると、おおよそこんなスタンスになる。

・党員個々人の政治的信条や立場は一旦脇に置いて、当面は、党の利益のために団結する。つまり小異を捨てて、大同に付く。
・過去のいきさつや恩讐は捨て、未来に向けて同じ方向を目指す。
・ポストや恩賞についても、戦う前から念書を取ったり言質を取りたがったりしない。あくまでも無心で戦線に就く。

 ……このあたりの機微を、野球世代の人間は、たったの四文字から理解する。
 ああ、全員野球ね、と。 

 さらに言うなら、

「まあ、アレだ。《全員野球》だなんていうお題目を新任の党首が持ち出して来なけりゃならんってことは、要するに党内がバラバラであることの裏返しなわけだよ」
「だな。若手には造反分子がヤマほど控えてるわけだし」
「M下政経塾の連中とかって、全員ホームラン狙いで打席に立ってないか?」
「それどころかトレード志願で怠業をカマす可能性さえある」
「っていうか、そもそも左翼と右翼の守備位置が離れ過ぎてて野球になってないぞ」
「どっちもライン際ギリギリだし」
「中堅だっているだろ?」
「いや。センターラインに人材が薄いのがこのチームの弱点」
「小沢さんは?」
「試合が荒れたら火消しに出て来るつもりなんじゃないのか?」
「ガスバーナー持って、か?」
「あの人はストライク投げないぞ」
「敬遠四球も立派な戦術」
「でも、アタマ狙ってばっかりじゃな」

 と、これぐらいの深読みを働かせることもやればできる。
 それほどに、野球のメタファーは、応用範囲が広い。

 ……政治の世界の見出しは、野球用語だらけだ。

「鳩山続投へのこれだけの障害」
「岡田氏ワンポイントリリーフの可能性」
「検察が投じたビーンボールの波紋」
「郵政復活組を牽制する党首脳の皮算用」
「またも出た首相のタイムリーエラー」
「W氏の悪球打ちを嘉するの賦」
「太田氏への敬遠四球が暗示するポスト自公の行方」

 われわれオッサンは、政治であれ人事であれ、M&Aやシェア争いであれ、いずれにしても勝敗のからんだ話は、野球になぞらえて考えることになっている。
 だから、これまで長い間、わたくしどもニッポンの中枢にいる男たちは、政治を野球のメタファーで観察し、説明し、論評してきた。

 もっと言えば、われわれにとって、政治は、野球の一変種に過ぎなかったのかもしれない。爺さんの甲子園みたいな。

 その野球が、五輪の正式競技から外れて3年、復活の道もまた消滅することが、この度、正式に決定した。
 つまり、わが野球は、この先、ほぼ永久に、国際競技たるべき未来への道筋を断たれたのである。

 これは、もしかして、うちの国に大きな変化をもたらす出来事であるのかもしれない。
 ニュースを聞いた時、反射的にそう思った。

「これは大変なことになるぞ」

 と。

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著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。


このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

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