• BPnet
  • ビジネス
  • IT
  • テクノロジー
  • 医療
  • 建設・不動産
  • TRENDY
  • WOMAN
  • ショッピング
  • 転職
  • ナショジオ
  • 日経電子版

どん底の人間を『さぶ』は見捨てない
~「一人で生きる」なんて思い上がり

  • 浅沼 ヒロシ

バックナンバー

2009年9月2日(水)

  • TalknoteTalknote
  • チャットワークチャットワーク
  • Facebook messengerFacebook messenger
  • PocketPocket
  • YammerYammer

※ 灰色文字になっているものは会員限定機能となります

無料会員登録

close

さぶ』 山本周五郎著、新潮文庫、629円(税抜き)

〈小雨が靄のようにけぶる夕方、両国橋を西から東へ、さぶが泣きながら渡っていた〉

――印象的な書き出しで、江戸下町を舞台にした人情物語がスタートする。

 経師屋(きょうじや)での修業中にへまをやらかしてしまい、実家へ帰ると飛びだした「さぶ」。後を追いかけ、貧乏な実家へ帰ったって邪魔にされるだけだからやめろ、と説得する栄二。

 まだ15歳の二人は、店にもどり、励ましあいながら職人としての腕を磨いていく。

 二人が20歳になったとき、筋のよい栄二は一人前に扱われるようになったが、「さぶ」はいまだに糊の仕込みしかさせてもらえない。それでも、いずれは二人で店を持とうと誓い合う。

 更に3年後のある日、得意先で高価な「金襴(きんらん)の切(きれ)」が見あたらなくなるという事件が起こった。ちょうど仕事で通っていた二人の道具袋を念のために旦那が探してみたところ、栄二の道具袋から「金襴の切」が見つかった。

 身に覚えのない疑いをかけられた栄二は、10年も勤めた経師屋の主人が自分を信じてくれず、とうとう辞めさせられてしまったことで、誰も信じられなくなった。納得がいかず、得意先の旦那に直談判に出向くが、屈強な若い衆にたたき出され、連れて行かれた番小屋でも暴行を受ける。

 事情を聞いてくれた与力にも反発し、「あの店には火をつけてやる」などとつぶやく栄二だったが、扱いに困った奉行所は、とうとう栄二を石川島の「人足寄場(にんそくよせば)」へ送ってしまった。

無実の罪を着せられて

 カタギの世界をふみ外したことで絶望の淵に立たされた栄二の物語は、なにげない日常生活の中で急に落とし穴に落とされた人間の悲劇を教えてくれる。現代でたとえるなら、何もしていないのに、突然「この人、チカンです!」と手をつかまれた後に起こる悲劇と同じだ。

 NBO新書レビューでも『「この人、痴漢!」と言われたら』を取りあげていたが、副題の「冤罪はある日突然あなたを襲う」は大げさではない。冤罪といえば、かつては遠い世界の出来事だったのに、いまや毎日の通勤電車の中にも危険が潜んでいる。「自分はチカンなどやってない」と言っても、警察は被害者女性の主張しか聞いてくれないからだ。

 この“身近な”冤罪が注目されるようになったのは、それほど古いことではない。「Shall we ダンス? 」や「シコふんじゃった。」の監督で知られる周防氏が、10年ぶりの映画「それでもボクはやってない」で日本の裁判制度の問題点をあぶり出したのはつい2年前のことだし、家族の支えを得ながら冤罪を晴らした実在の事件をレポートした小澤実著『左手の証明――記者が追いかけた痴漢冤罪事件868日の真実』が出版されたのも、同じ2007年のことだった。

 「俺はやってない!」という心の叫びを誰にも聞いてもらえないまま、栄二は寄せ場に送られる。そのまま「どうとでもなれ!」とふて腐れ、人生を投げ出す気分になってしまうのは自然の流れだった。

 心を閉ざした彼の周りには、やはりカタギの世界で傷ついた人々が集まっていた。

 半月以上も誰とも口をきかなかった栄二に話しかけてきたのは、女房を殺しそこなった、という物静かな男だった。小僧あがりで主人の娘と祝言を挙げたはいいが、亭主らしい扱いもされず、朝から晩まで頭ごなしにどなられたという。

 子どもたちの見ている前で「おまえは疫病神だ」と突き飛ばされ、傷ついた頭から流れた血を見たとき、とうとう男は辛抱できなくなった。いっそ女房を殺して自分も死のうと思ったのだが、気づいた女房に「人殺しだ人殺しだ」と騒がれ、お縄になってしまう。

 別の男は、新田を開墾すれば10年間小作料なしという口約束を反古にされる。やけになって地主の屋敷へ放火しようとして捕まり、寄せ場へ送られてしまった。悪知恵のある人間にはかなわない。もう二度とシャバへは出ないと決めているという。

 悔しい思いをしたのは自分だけじゃないことを知った栄二だったが、自分の受けた屈辱を忘れることはできない。彼のゆくえを捜しあてた「さぶ」が面会に来たときも、「そんな者は知らねえ」と追い返してしまうのだった。

 その後も「さぶ」は何度も会いにくるが、栄二は会おうとしない。

コメント1

「超ビジネス書レビュー」のバックナンバー

一覧

日経ビジネスオンラインのトップページへ

記事のレビュー・コメント投稿機能は会員の方のみご利用いただけます

レビューを投稿する

この記事は参考になりましたか?
この記事をお薦めしますか?
読者レビューを見る

コメントを書く

ビジネストレンド

ビジネストレンド一覧

閉じる

いいねして最新記事をチェック

閉じる

日経ビジネスオンライン

広告をスキップ

名言~日経ビジネス語録

企業や官公庁の幹部のメールボックスの内容が、まるごと数十万〜数百万円で売られている事例もある。

名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官