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いささか不謹慎な表現だが、「モテる要介護者」とはどんな人物だろうか?
実際問題、人はいずれ高齢者になるし、そうでなくても大病にかかったり事故に遭ったりして身体が思うように動かない状態になれば、必然的に人の手助けが必要になる。
介護・介助してくれるのは、家族か、あるいはヘルパーか。
いずれにしろ気になるのは、そうした介助者との上手な付き合い方である。もっと言えば、どうすれば愛される要介護者になれるのか。
本書の著者、貝谷嘉洋氏は1970年生まれ。10歳の時に筋ジストロフィーと診断され、14歳で自力歩行不能となるも、日本とアメリカで大学・大学院を出て、8年前にNPO法人日本バリアフリー協会を仲間と一緒に設立した。
現在、著者は「半寝たきり」状態で、自宅では1日24時間、6〜7人の訪問ヘルパーに交代で介助を受けている(仕事は主にパソコンで)。そのうちのひとりで7年前から担当しているあゆさん(推定30歳前後)とのホノボノとした言葉のやりとりを綴ったブログを書籍化したのが本書である。
例えば、著者宅にヘルパーがやってきた時の出来事。
かい(貝谷氏):ではさっそく、喉乾いたのでお水もってきてくれる。
あゆ:はい。(お水を持って戻ってくる)はい、どうぞ。
かい:あれ、あゆさんが入ってきたら、空気清浄機の表示が赤色に変わったね。
(空気が汚れるに従い、順に、緑、黄、赤に変化)
あゆ:あ、本当だ。なんでだろ。
かい:あゆさんが入ってきたせいだ。
あゆ:ひどーい(T_T)……お水かけますよ。
かい:汚すのは空気だけにしてくれ。
「漫才」と題するだけあって、爆笑とまではいかないが、微笑ましい光景である。空気清浄機が赤になったのは、ただの偶然。でも、どうせなら介助を「するほう」も「されるほう」も楽しくやりたい。そんな共通認識がちょっぴり毒舌な掛け合いに発展したのだろう。
言うべきことは言う、遠慮はいらない
意思の疎通。会社でも、家庭でも、人間関係の善し悪しが大切なのは言うまでもないことだが、介護でのそれはより重要度を増す。そのために著者はどうしたか。
規定の勤務時間を終え帰宅しようとするヘルパーに対して、ベッドに横たわった著者はこんなふうにリクエストする。
かい:あゆさ〜ん、携帯手渡してくれる?
あゆ:はい。(手渡す)
かい:ほい、サンキュー。
あゆ:(部屋から出ようとする)
かい:あ、携帯じゃなかった。普通の電話のほうだった。
あゆ:あ、はい。(手渡す)
かお:ありがとー。
あゆ:(部屋から出ようとする)
かい:あ、そうだ。ちょっとまぶしいからさ、ブラインドの角度変えてくれるかな。
あゆ:はい。(角度を変える)
かい:よっしゃ。
あゆ:……他に何かありますか?
かい:え〜、あの〜、いや、大丈夫。
あゆ:(部屋から出ようとする)
かい:あ、そういえばさぁ、あとから出かけるから、車いす充電しといて。
実は、この後も著者は、「電話を落としたので拾ってほしい」「電話がベタベタしてるので拭いといて」「おしっこしたいから用意して」と頼み事を連発する。
このやりとりを読んで驚いたのは、介助を受ける側に「遠慮がない」ことだ。要介護者の多くはヘルパーが帰ってしまう前に、「今のうちに何か他に頼んでおくことはないか」と考えるものらしい。
著者は、「いろいろ言ってごめんね」と詫びを入れることもあるが、「言うべきは言う」。何となく気後れしてしまいそうな状況であっても、このスタンスにブレはない。ヘルパー側からしても、要望するコトの中身やモノの名前を具体的にしっかり言ってもらったほうが動きやすいという。
ただし、上から目線で命令し、ただコキ使ったら嫌われるのは当然の話。だから、著者は言葉に神経を使う。気をつけるあまり、ヘルパーから「緑の車いすでいいですか」「この靴下でいいですか」「照明の明るさはこれでいいですか」と確認された時などに、つい「いいわよ」と“おねえキャラ”になってしまうこともあるのだとか。
〈私はせっかちなので、いろいろ頼んでいくと、語気が強くなってくることがある〉
指示は口頭で明確に。でも、そのトーンは優しく。それが著者のコミュニケーションスタイルだが、関心するのは、著者に自分自身を客観的に見つめる視点があるということ。これこそが、著者を愛される要介護者たらしめる最大の要素なのではないか。
もうひとつあげるなら、「任せる」ことである。
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