「NBO新書レビュー」

「怖いもの見たさ」の客を引きつけるコツ〜『歌舞伎町・ヤバさの真相』
溝口 敦著(評:尹 雄大)

文春新書、770円(税別)

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2009年9月7日(月)

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歌舞伎町・ヤバさの真相』 溝口 敦著、文春新書、770円(税別)

 評者は訳あって、3カ月あまり歌舞伎町のマンションに住んでいたことがある。歌舞伎町といえば、東アジア最大の歓楽街。暴力と淫蕩さを強く想起させる不夜城だ。

 暮らし始めて知ったのだが、そのマンションは界隈でも有名であった。住人のほとんどがヤクザだったからだ。

 越して早々、隣の部屋のドアを激しく叩く音で目が覚めたことがあった。ドア越しに聞き耳をたてれば、東京地方裁判所を名乗った男性が強制執行云々と呼ばわっていた。

 経験したことのない世界と間近に接するのは、スリリングではあるが、火傷しないうちが華だ。数か月前に非常階段で発砲事件があり死傷者が出たと聞き、転居を決めた。

 大量のサメが回遊する中にいあわせたダイバーのような気分を味わった。だが、サメはそうそう人を襲わないという。まして、サメにあえて襲いかかる生物もそうそういない。

 折しも外国人犯罪集団によるピッキングや強盗殺人が盛んに報道されていた頃だった。振り返れば、あのマンションは暴力の台風の眼ともいう場所であり、皮肉にも歌舞伎町内で、いや日本でもっとも安全な場所だったかもしれない。

 著者はこういう。

〈歌舞伎町は「日本一危ない街」とされるのだが、不思議なことにその危なさが歌舞伎町の吸引力になった一面がある〉

 人は暴力に魅惑を覚えもし、ときには積極的に身を寄せようとさえする。なぜなら「危険は退屈な日常から脱するための有効な手段であり、危険のイメージが強いほど面白く感じる」からだ。

 そこで本書は、「どのように危なさのイメージを培ってきたのか」の解明を通じ、歌舞伎町の特質と変遷を明らかにしようとする。

深く結びついた「暴力と性」

 著者は冒頭「現実の歌舞伎町は必ずしも危なくはない」と、40年来通った経験から述べる。

 確かに足を踏み入れた途端、身の安全を保証されない町であれば、夕方にもなると「信号待ちの男女が文字どおり蝟集して車道にまで溢れている」光景を見ることもない。

 だが、歌舞伎町のヤバさはイメージにとどまらない。あくまで現実に存在する「暴力と性」を淵源にする。

 暴力についていえば、最盛期の半数に減ったとはいえ、「〇八年には百ヵ所程度」の暴力団事務所が600メートル四方の狭い歌舞伎町内に存在する。その由来はどこに求められるか。

 今日では想像もつかないが、本書によれば、歌舞伎町はもともと鬱蒼とした森と沼に覆われていたという。明治末に沼は埋められ、広い原っぱに変貌。歌舞伎町は戦後の都市計画の所産であり、歌舞伎座の誘致計画にちなんで命名された。ほかにも映画館、ダンスホールの建設により「健全な娯楽センター」としてスタートするはずであった。

 ところが歌舞伎町の外に広がる新宿の焼け野原では、テキ屋に博徒、愚連隊と、アウトローが群生していた。

〈戦後の混乱とは一般的なルールの喪失である。(略)目端の利くヤクザがいち早く暴力を背景に、ルールや場を打ち立て、他に強制し、従わせることで利益を上げた。ルールを遵守させる力は法律ではなく、先取特権とでもいうべき既得権であり、若い者が振るう暴力だった〉

 既成の秩序に依らず、暴力で自己の存在を確保せんとする気分は歌舞伎町に伝染した。

 瞠目すべきは、不良高校生らを中心とする愚連隊の「三声会」だ。会長の三木恢は弱冠二十歳であったが、歌舞伎町で賭場を開帳し、「テラ銭は一晩百万〜二百万円に上がった」というほど荒稼ぎをした。

 渡世の仁義も顧みない三木は24歳で射殺されるが、健全な娯楽を提供するはずの歌舞伎町は、暴力を揺籃するに十分な地となった。さらに1958年の売春防止法の施行が追い打ちをかける。

〈新宿二丁目の赤線が廃止されると、同地の経営者や女性を吸収する形で、風俗の街に急変していく〉

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著者プロフィール

尹雄大(ゆん・うんで)

ライター。1970年、神戸生まれ。「AERA」や「Number」などで執筆。〈考える高校生のためのサイト mammotv〉でインタビュアーを務める。著書に『FLOW 韓氏意拳の哲学』(冬弓舎)

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