南伸坊の『さる業界の人々』という、エロ本業界のツワモノたちを綴ったエッセイというかノンフィクションがある。
南伸坊の本のなかではベスト3本に入る傑作だと思っているのだが、そのなかに「S君」なる編集者が登場する。
まだ新人だったころの南さんが、嵐山光三郎氏に紹介されて、雑誌のイラストを請け負うことになる。出会って間もないS君と南さんの喫茶店での雑談にインパクトがある。
ふだんはおとなしく見えるのに、何をしでかすかわからない危なさがあり、周囲から面白がられているS君が、どういう経緯からか、おふくろの話をしはじめた。新聞に載ったことがあるのだという。
〈「なんで?」
と小生は尋ねざるを得ない。
「心中したから」
と、またもトートツなのだ。
「小学校の四年のときだったかな、おふくろが駆け落ちしたんですよ、若い男と」〉
S君がいうには、男と母親はウラ山で心中した。抱き合って、ダイナマイトでドカン!だったとか。
話しながらS君は、表情を変えない。「話が派手すぎて、ウソと思われるんですよねェ」と、南さんの反応をうかがっている。
トラウマを話したがる人はぎょうさんいるが、ダイナマイトで心中って。無敵だろう、トラウマじゃんけんしたって。
だからなのか、S君は、身近にどんなことが起こっても、風に流すかのように飄々としている。
“意味のないことに意味が生じる
本書は、その「S君」こと、末井昭さんの自伝ふうのエッセイ集だ。
いちおう付け加えておくと、末井さんはエロ本業界にこの人ありといわれる、白夜書房の名物編集者で、「ウィークエンドスーパー」「写真時代」「パチンコ必勝ガイド」など、手がけた雑誌はいずれも他にない濃いものだ。
末井さんは、よくいわれる「いまの社会の閉塞感」について、みんな利口になりすぎたからじゃないかという。
頭がよすぎて、なんでオマエそんなバカなことをするんだというようなことを誰もやらなくなった。そういうのが関係しているんじゃないだろうかと。
たとえに、1970年代に流行ったストリーキングをあげている。素っ裸になって街を走り抜ける。まったく何の意味もない、オバカである。
が、やってみると爽快感があるらしい。だからといって、何かのトクになるわけでもない。だから、いまは流行らない。
しかし、意味のないことをやることにもまわりまわって意味が生じる。というか、人間というものは、いろいろ無意味なことを繰り返しながら、何が大切かを学んでいく。末井さんは、そういうことを言わんとしている。
いまの若者が口にする「やりたいことがみつからない」にしても、困ったもんだとか、かわいそうにと腕組みするのが平均的な大人というものだが、末井さんは「なくても大丈夫」と言い切る。
末井さんの経歴をたどると、ダイナマイトのあともろもろあって岡山の高校を出て、大阪の工場に就職したけれど三ヶ月でやめ、川崎に出て、キャバレーで看板を描いたりして、職を転々としているうち、友人のツテで編集者となった。
ぼんやりとデザインの仕事がいいかなぁと思ったことはあっても、はじめから編集が面白そうだと思ったわけではない。だんだんやっていくうちに、自分にあっている職業として身についたのだと。
〈「“やりたいこと”がなくて不安だ」と思っている人は、「“やりたいこと”をやらないといけない」という先入観を植え付けられているんじゃないかと思います〉
50歳になってプロのバンドマンとなった友人の例を挙げたりしながら、やっているうちに“やりたいこと”は出てくる。だんだんでいい。あせる必要はない、という。
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