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この街、「乙女ロード」だけで帰るべからず!

池袋編・その1 サンシャインシティ

  • 赤瀬川 原平,山下 裕二

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2009年10月2日(金)

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山下 赤瀬川さんは、池袋にあまりなじみがないんじゃないですか?

赤瀬川 そうですね。中央線に住んでいたから、新宿です。池袋に来るようになったのは最近です。若い頃は、やくざ映画を観に来たぐらい。

山下 文芸坐ですか。

赤瀬川 そう、昔の文芸坐です。あとは、西武にカルチャセンターができて、そこで講師をしていたことがあります。

山下 セゾン美術館――最初は西武美術館でしたね(*注1)――へ行ったりしなかったですか?

赤瀬川 あんまり……。

山下 もう赤瀬川さんは、その頃前衛芸術から足を洗っていたんですかね? 西武が華やかだったのは、僕が大学に入った70年代後半から80年代ですから。

赤瀬川 興味がもうトマソンや路上の方に行っていたんじゃないかな。芥川賞をもらったのも81年だったし……。

山下 文筆業の方にだんだんシフトしていたころですね。僕には西武やパルコが輝いて見えました。実際、最も輝かしい時代でしたから。

赤瀬川 東京に出てきたばかりの頃だから余計に……。

山下 そうでしたね。

国宝や重文も置けた池袋のデパートの美術館

赤瀬川 池袋にはじめてきたのは?

山下 たぶん、西武美術館に行ったのが最初だと思います。大学3年になってキャンパスが本郷になると、丸の内線で池袋に出ることは更に多くなりました。それが、東武、西武両方の美術館が無くなったので、池袋に来る機会がグッと減りました。(*注2)

赤瀬川 東武美術館もちゃんとした美術館だったんですか? いわゆるデパートの美術館というのではなく。

山下 ちゃんと国宝や重要文化財も並べられる美術館でした。文化庁に申請して認可を得ていないとそういう指定品は置けないんです。昔あった伊勢丹や小田急のようなデパートの美術館と違って、東武は、古美術の本格的な展覧会ができる美術館でした。随分いい展覧会をやっていたのに……。

サンシャイン60を仰ぎ見る
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赤瀬川 でもあんまり真上から首都高を見られる場所ってないですよ。首都高、渋滞してますね……。
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赤瀬川 学校の周りには緑が多い。マンションやビルをどんどん建てられないんでしょう。
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最近池袋から足が遠のいていたので、サンシャインシティに入ったのはもう10年ぶりぐらいです。

赤瀬川 このエレベーターは速いね! 高山病になりそうだ(笑)。

山下 あっという間に60階の展望台です。

赤瀬川 360度ぐるりと東京が見渡せるんですね。展望台ができた時には話題になってましたね。

山下 1978年にできた当時は、随分人が並んでましたけど……。今は、東京ミッドタウンとか都庁とか背の高いビルが増えたせいかちょっと空いてますね。

山下 高所恐怖症じゃないけれども、ちょっと足元がざわざわしますね。

赤瀬川 僕はこうやってガラスがあっても怖い。トマソンのあの写真(注3)、考えられないよ。怖ろしい。どうしてあんなことができたんだろう。

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