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ダメなヤツほど「幸福」への近道がある。なぜか?

『選択本願念仏集』法然 著

2009年10月13日(火)

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スキャンダルだった。
何しろ、子どものころから数十年にわたって比叡山で修行を積み、「智慧第一」とあだ名されるほどの秀才僧侶だ。それが、突然、山を下りると京のみやこに移り住み、「修行はいらない、戒律も守らなくていい」と言い出したのだ。「念仏さえ唱えれば極楽へ行ける」「悪人こそ救いの対象だ」と。

ときは平安末。秀才僧侶の名は、法然。
彼の思想は「浄土の教え」と呼ばれている。

「一枚起請文」……法然の浄土の教え

法然は、どんな悪人でも、阿弥陀仏(あみだぶつ)の名を呼んで救いを求めれば、死後、つらいことなどひとつもない阿弥陀仏の国(極楽浄土)に行くことができる、と言う。
では、その阿弥陀仏の名を呼ぶこと、つまり念仏は、どんなふうにすればいいのだろう。
特別な唱え方があるのだろうか。

中国やわが国において、多くの知識ある高僧たちが論じておられるような観念の念でもない。また、学問をして念の道理をさとって申す念仏でもない。ただ、極楽に往生するためには、南無阿弥陀仏と申して、疑いなく往生するのだと思いとって、申すよりほかにはとりわけいわれはないのである。

これは、法然が死の二日前に遺言のようにして残した文書「一枚起請文」からの引用である。ここで法然は、異説・邪説を排除するために、正しい「浄土の教え」を伝えようとしている。その内容は、少しも難しくはない。見てのとおり、極めて簡単。「南無阿弥陀仏と唱えれば極楽へ行けるのだと思って唱えるだけ」だ。

法然の教えは、本当に、たったそれだけ。それがすべてだったのである。

『選択本願念仏集』……ダメなやつへのアドバイス

念仏とは、本来、精神を統一して浄土を思い浮かべるなど、技術のいる難しい修行法だった。
法然はそれを単に「口で言うだけ」の、誰にでもできる簡単なもの(口称念仏)にしてしまった。
勝手に教義を変えることはできないから、もちろん、それなりの根拠はある。それを書き記したのが、法然の主著『選択本願念仏集』である。この本は、おびただしい引用と、それへの注釈で構成されている。

たとえば、なぜ瞑想しないで、単に口で唱えるだけなのかという問いへの答えとして、法然は中国の僧・善導が著した『往生礼賛』から、次の文章を引用する。

衆生には障りとなることが多く、心の状態はせせこましく、思考はお粗末で、精神は散乱しており、あたかも風に吹き飛ばされるように容易に飛散する。このような状態では、とても瞑想による観想などおぼつかないからだ。

法然は、自分のようにダメなやつは、難しい修行をして解脱することなどできない。だからダメなりに、易しいことをする、それが口で南無阿弥陀仏と唱える念仏だ、と言う。

そんなことが書いてある『選択本願念仏集』は、だから、ダメなやつへのアドバイス集のようにも読める。しきりに、ダメなやつは背伸びするな、自分に合ったことをやれ、と言う。

『選択本願念仏集』に書かれた法然のアドバイスは、次のようなものだ。

自分の能力がどの程度のものか、ちゃんと認識せよ。
自分には実行不可能なことに執着するな。諦めろ。
自分にできることをせよ。
誰にとっても難しいことをやろうとするな。誰にとっても易しいことをやれ。
簡単で確実なやり方に専念せよ。
よかれと思って余計なことをやるのはマイナス、ひとつに集中して気を散らすな。
理由なんかわからなくていい。とにかくそうなのだと思って、実行せよ。

そして、心構えはこんなふうだ。

コメント4

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