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49. 村上春樹を「世界文学」と認定するのはだれか。

「世界」のありか(2)

  • 千野 帽子

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2009年10月14日(水)

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 日直のチノボーシカです。

 さて前回、文学全集の話が出た。

 「文学全集」は、日本における出版の産業構造によって生まれたヒット商品だった。産業構造が変われば、そういう企画自体が成立しなくなる。これが昭和初年においてどれくらい胡散臭いヒット企画だったかは『読まず嫌い。』(角川書店)に書いたから繰り返さない。ただひとことここで繰り返しておくならば、文学全集は、

「これ一セットあれば代表的なところはだいたい押さえることができる」

という触れこみの商品である(もちろん、それは気のせいなのだが)。ということは、「文学全集」とは、

自分でなにを読んでいいかわからない人たちのための企画

だったということだ。つまりけっして高級な企画ではなかったのだ。そりゃそうだよな。自分で読むべき本を選べるなら、「文学全集」なんて何十巻もあるセットものに手を出すわけがない。

 ちょうど『懐かしのフォーク&ニューミュージック大全集』といったコンピレイションCDボックスの訴求対象が、音楽ソフトを自分で選んで買える音楽ファンではなく、もっと「ふつう」のおじさんおばさんたちなのと同じである。

 私はこの、いま流行らない黴臭い「文学全集」なるものを、図書館の書庫や古書店の店頭から掘り出して読むのが大好きである。私はこの「文学全集」という企画の胡散臭さが、わが身の胡散臭さにお似合いだと思うことすらある。

 それになんといっても、むかしの文学全集には、ブームのドサクサで翻訳された「変な物件」がいろいろ入っている。規格化された商品しか出てこない昨今の出版事情では、商品として考えられないような、絶対に企画会議を通らないような作品である。

 むかしの商品の基準が規格化されていなかったかどうか、当時のことは知らない。ひょっとしたらいまと同じくらい規格化されていたかもしれないが、「規格」自体がいまとは違うので、そのズレっぷりが楽しいのだろう。

 絶版・古本になって以後の第二の人生のほうが、本にとっては重要なのだ。

*   *   *

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中谷 巌 「不識塾」塾長、一橋大学名誉教授