「タケダジャーナル」

「日本最古級の石器」はどこまで本当なのか?

科学の視点なき報道への疑問

バックナンバー

2009年10月14日(水)

1/2ページ

印刷ページ

 先日、誕生日が来て、1つ歳を取った。その直後に国内最古級と見られる旧石器発見の報を聞いた。

 「島根県出雲市の砂原遺跡で、中期旧石器時代(13万年前〜3万5000年前)の約12万年前の地層から、国内最古級とみられる旧石器20点が見つかったと、松藤和人・同志社大教授(旧石器考古学)を団長とする発掘調査団が29日、発表した。調査団によると、国内最古とされてきた金取遺跡(岩手県遠野市、約9万年前)を約3万年さかのぼる可能性がある。日本列島で人が活動を始めた起源を探る貴重な資料になるという。朝日新聞2009年9月29日22時10分

 (日本列島の場所で生活をしていた人をそのルーツとみなすなら)「日本人」の歴史には、この発見で3万年分の齢が新たに加えられたことになる。

 しかし、この報に触れて、いろいろと考えさせられた。冒頭に引いた朝日新聞は触れていないが、産経新聞は「捏造問題以降、3万5000年前より古い旧石器研究はタブーになった。今回の調査は、及び腰だった研究者を励ますことになるはず」との松藤和人教授のコメントを載せていた。捏造問題とは言うまでもなく、2000年11月に発覚した藤村新一氏による石器捏造事件のことだ。

 日本の旧石器時代の研究は1949年に群馬県で行われた岩宿遺跡の発掘から緒に付いた。2万5000年前のものとされるローム層から発掘されたこの遺跡が発見される以前は1万年以上前の日本列島に人は住んでいなかったとされていたのだが、そこで日本列島における旧石器時代の人類文化の存在が明るみに出た。

 その後、東京茂呂遺跡を初めとして旧石器時代の遺跡が全国各地で見つかるようになったが、いずれも後期旧石器時代(約3万から1万年前)のものだった。そのために日本に果たして前期旧石器時代はあったのかということが学会を二分した論争になる。

構図は「発表ジャーナリズム」

 この論争に「前期石器時代はあった」という立場で臨んだのが東北大学の芹沢長介氏だった。芹沢氏は縄文時代の遺跡として知られていた大分県日出町の早水台遺跡で12万年から10万年前の石器を発見したと1964年に発表。以後も芹沢氏は前期旧石器時代の遺跡の発掘を続け、彼の下には志を同じくする弟子たちが集まった。アマチュア考古学研究者だった藤村氏もその1人だった。

 1981年、宮城県の座散乱木遺跡発掘調査で、勤務先の電力関係会社での仕事を終えて発掘現場に駆けつけた藤村氏は、移植ゴテを手に約4万2千 年前の地層と推測される発掘場所に向かい、僅か5分後には石器を掘り出して見せた。以後、藤村氏は日本考古学を塗り替える発掘を次々に成し遂げたという。

 しかし――、2000年11月の毎日新聞の取材で彼が発掘したとする石器は、氏自身がその場で密かに埋め戻しては掘り起こしたものだったことが発覚。多くの前期旧石器時代の遺跡の発掘が藤村氏の業績であったために考古学界を揺るがす大騒動になった。

 とはいえ、それは考古学だけの問題ではないだろう。『発掘捏造』毎日新聞旧石器遺跡取材班(新潮社2001)によれば遺跡から出土した石器の年代を測定する方法には、(1)出土品を放射性同位元素の測定などで科学的に分析する方法、(2)出土品の形態、形式から年代を推測する方法、(3)出土した地層を分析する方法の3通りがある。

 しかし、前期旧石器時代のような古い出土品は、(1)の放射性同位元素を用いる科学的な分析方法では測定が困難か、できたとしても誤差が大きくて使えないことが多いし、(2)の方法もそもそも旧石器の形態、形式などの特徴がよく分かっていないので年代推定の助けにならない。

 結局、出土した地層の年代によって推測するしかない事情がある。だからこそ古い地層に石器を埋め戻して発見してみせる藤村氏の捏造がまかり通ってしまったわけだが、それを世紀の大発見として競い合うように過熱報道したジャーナリズムの側にも問題はある。

ここから先は「日経ビジネスオンライン」の会員の方(登録は無料)、「日経ビジネス購読者限定サービス」の会員の方のみ、ご利用いただけます。ご登録のうえ、「ログイン」状態にしてご利用ください。登録(無料)やログインの方法は次ページをご覧ください。



関連記事

Keyword(クリックするとそのキーワードで記事検索をします)

Feedback

  • コメントする
  • 皆様の評価を見る
内容は…
この記事は…
コメント5 件(コメントを読む)
トラックバック
著者プロフィール

武田 徹(たけだ・とおる)

武田 徹氏

ジャーナリスト・評論家。恵泉女学園大学人文学部教授。『流行人類学クロニクル』(日経BP社)でサントリー学芸賞受賞。その他、『「核」論』『偽満州国論』『「隔離」という病い』(中公文庫)、『NHK問題』『戦争報道』(ちくま新書)ほか著書多数。 東京大学先端科学技術研究センター特任教授として2003-7年にジャーナリスト養成コースを運営。(写真:都築 雅人)



このコラムについて

タケダジャーナル

インターネット、デジタルカメラ、ブログ、SNS…。情報発信の術を個人が手にした現在、ジャーナリズムの姿は否応なく変化している。それは、ネットを利用する個人が、半ば強制的に「ジャーナリズム」に巻き込まれるということだ。時代を泳ぎ切るには受け手として「メディアリテラシー」を備えるだけでは足りない。誰もが送り手になりうる状況を踏まえて、新しい時代にふわしいジャーナリズムの作法を知っておく必要がある。武田徹の「万人のためのネットジャーナリスト講座」、ここに開幕。

⇒ 記事一覧

記事を探す

読みましたか〜読者注目の記事

  • いま、歩き出す未来への道 復興ニッポン

日経ビジネスからのご案内