「小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明」

「家族的経営」と「心中」したがる私たち

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2009年10月19日(月)

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 亀井静香金融担当大臣の発言が静かな波紋を広げている。

 表面的にはおさまっているように見えるが、ネット上ではまだ議論がくすぶっている。政財界でも、話題は尾を引いている。亀井大臣は、発言を撤回しない旨を繰り返し申し述べているし、御手洗さんはたぶんいまだにムッとしている。

 経緯を振り返っておく。発言の要旨は以下の通り。記事を引用する。

《亀井静香郵政・金融担当相は5日、都内で講演し「殺人事件の半分以上が親子兄弟夫婦の殺し。こんな国は日本だけだ。人間を人間扱いしないで利益を上げるための道具としてしか扱わなくなったからで、大企業が責任を感じなきゃ駄目だ」と述べた。日本経団連の御手洗冨士夫会長と会った際にこうした見解を伝えたところ、御手洗氏が「私どもの責任か」と反論したことも明らかにした。》(NIKKEI NETより。リンクはこちら

 大企業の利益第一主義に釘を刺したという点では、大臣の発言にも、一定の意味はあったと思う。

 たしかに、小泉政権が労働者派遣法を改定して以来、大企業が「人間を人間扱いしないで、利益を上げるための道具としてしか扱わなくなった」側面はあったからだ。その意味では亀井大臣の話には一理ある指摘が含まれていた。亀井静香。静かにしていられない性格。黙れない男。一言多い政治家。あっぱれ。「亀井ウルサ」と呼ぼう。

 とはいえ、殺人事件のデータを持ってきて、それに対して大企業に責任を感じろというのは、「言いがかり」だと思う。でなくても、「それとこれとは別」と言われても仕方のない話だ。

 今回は、日本の犯罪について考えてみたい。特に殺人について。

 企業の拝金主義については、これ以上突っ込まない。自明だからだ。いったいどこの国の企業が人間を「利益を上げるための道具」以上の存在として扱うだろうか。冗談ではない。経団連に慈悲心を期待するのは、木に縁りて水を求むるのと同じ。感傷に過ぎない。無い袖は振れない。見当違いお門違い。思い違い考え違いの間違いだと思う。

 大臣が指摘した通り、確かに、わが国の犯罪傾向には他国と比べて突出した一面がある。さすがは警察庁出身。見るところを見ていると思う。実際に、殺人事件のうちに占める家族内殺人は、他国に比べて高い。ネットをひとまわりして統計数字を当たってみると、確かにその通りだ。

 とはいえ、わが国においては、殺人事件の発生率そのものが非常に低い。

 平成20年版の『犯罪白書』の5カ国統計比較(2006年)では、人口10万人あたりの発生率は1.1件。ちなみに、米国が5.7件、イギリスが2.6件、ドイツで3.0件、フランス3.2件となっている。

 つまりうちの国は、それだけ安全な国ではあるわけだ。
 ん? もしかして、亀井発言の真意は、日本の殺人発生率の低さに世間の注目を集めるところにあったのだろうか。
 警察官僚出身の亀井氏が、刺激的な発言を通じて、日本国の警察の優秀さをアピールしたとか?
 まさか。

 でも、とにかく、わが国において、殺人の発生率が著しく低いことはまぎれもない事実だ。
 で、ただでさえ発生率の少ない殺人事件のうちの半数以上を家族内で済ませている。

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著者プロフィール

小田嶋 隆(おだじま・たかし)

小田嶋 隆

1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。1年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。近著に『人はなぜ学歴にこだわるのか』(光文社知恵の森文庫)、『イン・ヒズ・オウン・サイト』(朝日新聞社)、『9条どうでしょう』(共著、毎日新聞社)、『テレビ標本箱』(中公新書ラクレ)、『サッカーの上の雲』(駒草出版)『1984年のビーンボール』(駒草出版)などがある。 ミシマ社のウェブサイトで「小田嶋隆のコラム道」も連載開始。



このコラムについて

小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明

「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。

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