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見えない不安の中で、ひとは『線』を越えてしまう
~ハイド氏が目覚めるとき

2009年10月21日(水)

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』 古処誠二著、角川書店、1600円(税抜き)

 ロッテのガーナという板チョコをよく買う。なんとなく、キョンキョンこと小泉今日子がCMに出ていたのがきっかけだったような気がする。

 あれ? と身を乗り出した、というとオーバーだが、先日そのキョンキョンが「チョッコレート、チョッコレート♪」と明治製菓のCMソングを唄っているではないか。これって、一昔前なら考えられなかったことではないだろうか。

 と、クビを傾げていたら、さらに上をゆくのが、ソフトバンクのCMにメンバー総出演のSMAP。ついこのあいだまでドコモのCMに出ていたんじゃなかったっけ?

 別に、タレントの「のりかえ」にめくじらを立てようというのではない。CMって仕事なんだし、タレントにとっては単にイメージづくりに借り出されるだけのこと。びっくりなのは、企業の側のこだわりが薄らいだというか、なくなったことだ。

 昔なら、色がついてしまっているからと、企業の側が敬遠したものなのに、この間を置かない「のりかえ」加減といったら、世の中ぜんたいが忘れっぽくなって「リセット」が当たり前になったということか。それにしても、SMAPの「のりかえ」CMのすごいこと。量で、以前のCMを払拭してまえ的な勢いである。

人が名前を忘れるとき

 さて、古処誠二さんは、これまで『ルール』『接近』と山本周五郎賞の候補には二度、その後の『七月七日』『遮断』『敵影』が三度、直木賞の候補に挙げられてきた小説家だ。太平洋戦争の末期の、それも「後方」の人たちの葛藤一本に絞って、デビュー以来ひたすらに創作を続けている。

 1970年生まれの古処さんは、航空自衛隊のレーダー部門に勤務した経歴を有している。戦後世代の若い作家にしてはめずらしく、兵隊が残した手記や日誌を収集し、読むのが好きだとか。日本軍が敗走していく戦地の模様を書き続けるのも、反戦を訴えるためというよりも、人間は状況次第で、変質してしまう。醜くも崇高にもなりうる、その極限が戦場だとの認識の上で、名もなき兵士たちを綴ってきた作家だ。

 描かれる世界は、華々しい戦闘が繰り広げられるわけではない。飢えや伝染病が蔓延する南方のジャングルを行軍する兵士たち、沖縄戦の洞窟に隠れる住民と逃げ込んできた離散兵との接触などを描いてきた。つまり、砲撃の音は聴こえるものの、敵軍の姿は定かでない。見えないがゆえに、不安から疑心にとらわれてゆく恐怖をテーマにしてきたともいえる。

 最新刊の『線』もまた、太平洋戦争下のニューギニアを舞台にした短編小説集。9編それぞれに綴られる臨場感は、ひりひりするくらい惨憺たるものだ。

〈兵長の死体はすぐそばにあった。葬る力もない日本人に代わって、蛆が処理を続けていた。やがて骨になり、バサブアの土になる。軍衣につけられた階級章と物入れに浮く軍隊手帳をいくら見つめても、その名前はやはり出てこなかった〉

 抜粋したのは、終わりのほうに収められている短編、「豚の顔を見た日」の一節だ。

 「死」が日常となり、仲間の骸は埋められず、漂う異臭にさえ鈍感になっていく。そんなマラリアと飢えの異常なる戦場で、主人公の兵士がこだわっているのは、まさに生死をともにした仲間の「名前が思いだせない」という一点である。

 なぜ、名前が思い出せないのか。

 主人公の目線をたどると、そこにはウジの這う遺体が横たわっている。うつろに見下ろす場面が印象的だ。

 「なにをする気だ」「馬鹿なことを考えるな」と、彼は背後から仲間に取り押さえられる。

 「沢井」という患者隊に属するこの主人公は、死んだ兵隊の名前がわかるだろうと、軍隊手帳に手を伸ばしただけだった。しかし、その光景は、仲間の目には、おぞましい、別の意味に解釈された。なにしろここは、飢餓の戦場である。

〈マラリア熱にうかされている者はまだ生きている。生米を一粒ずつ齧る者も生きている。その間に微動だにしない者が横たわる。死体と思っていた兵が身動きし、壕の中で排便を始める。軍袴を捨てた者は褌も緩めたまま眠っていた〉

 死屍累々のなかでは、個々の兵隊の名前など、希薄に数値化される。いっぽうで、名前は、生者にとっては、そこに「彼」らがいたという証である。

 名前を思い出そうとする主人公の執拗さ、その思いに反して、その後に出会った兵士の名前も思いだせずにいる。忘れることは、組織の歯車に純化することでもある。忘却に慣れてしまう自分、流れに身を任せてしまったほうが楽なのに、それに必死で抗おうとする自分。その抗いがなんとも印象的なのだ。

 これは、なにも苛酷な戦地での特異な出来事として描かれているわけではない。名前を思い出せずにいる状況、思い出そうとするあせりに、既視感を抱く読者もいるだろう。職場を転々とし、景気次第で企業から切り捨てられる、部品程度にしか、ひとりひとりがカウントされていない目下の現実と無縁ではない。

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名和 利男 サイバーディフェンス研究所上級分析官