「毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド」

54. 「そんなの知らない」と誇らしげに言う人たち。
〜「下から目線」と「負の教養主義」(2)

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2009年11月25日(水)

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 日直のチノボーシカです。

 前回、下から目線の人たちの「負の教養主義」について予告しておいたとおり、その話をさせてもらおう。

 ドイツ哲学やクラシック音楽や世界文学の名作や近代美術といったものを背負った「旧・教養主義」は、大正時代に誕生し、その後少しずつ性格を変えながら昭和初期に拡大、第2次世界大戦後も昭和30年代までは元気だった。1960年代の学生運動の盛り上がりと終焉は、いわば教養主義の自己解体作業だった。1980年代半ばの「ニューアカデミズム」を、旧・教養主義の最後の輝きと位置づける論者もいる。

 旧・教養主義が退潮すると、1970年代には「サブカルチャー教養主義」と「負の教養主義」が若者の文化を牽引する。

人狼城の恐怖 第一部 ドイツ編』二階堂黎人 著、講談社文庫、980円(税込)

 「サブカルチャー教養主義」とは、伝統的なジャズファンやSFマニアやミステリオタクに見られるような、サブカルチャーにかんする知識で人を恫喝するタイプの人たちの思考パターンである。これについては2006年以降、何度か書いてきた。そのことで、世界最長の本格ミステリ小説『人狼城の恐怖』の作者・二階堂黎人さんと論争(?)になったこともある。

 しかし今回あつかうのは「サブカルチャー教養主義」ではなく、「負の教養主義」の側面だ。

 「サブカルチャー教養主義」と「負の教養主義」とはどこが違うか。

 「サブカルチャー教養主義」は、ポップミュージックや大衆文学や漫画やアニメやアイドルといった文化事象にかんする知識の集積の上に立っている。のちに1990年代には、特定の分野に詳しい人のことを「××オタク」と呼ぶようになるのだが、要するにそういう「××オタク」を生んだのが「負の教養主義」なのだ。

 ここでは「旧・教養主義」が蔑視したサブカルチャーへの「のめりこみ」と、「旧・教養主義」にたいする反感・揶揄とが入り混じっている。1970年代に目立ったとはいえ、ミステリマニアやジャズファンのように、それよりずっと前から存在していたものが核となっている。そしてこの「サブカルチャー教養主義」は、21世紀に入って急速に滅亡への道を辿っている。「サブカルチャー学力崩壊」である。

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著者プロフィール

千野 帽子(ちの ぼうし)

パリ第4大学博士課程修了。京都在住の勤め人・俳人。2004年より休日のみ文筆業。著書に、「東京新聞」連載をまとめた『文藝ガーリッシュ 素敵な本に選ばれたくて。』『世界小娘文學全集 文藝ガーリッシュ舶来篇』(河出書房新社)、「野性時代」連載をまとめた『読まず嫌い。』(角川書店)、読書漫筆集『文學少女の友』(青土社)。「ミステリマガジン」「ジャーロ」にて連載、また「東京新聞」「讀賣新聞」「SPUR」「Figaro japon」「BRUTUS」「HanakoWEST」「yomyom」「週刊文春」「文藝」「文學界」「すばる」「ユリイカ」「真夜中」「小説トリッパー」「早稲田文学」「ダ・ヴィンチ」「週刊読書人」「別冊宝島」などに寄稿。



このコラムについて

毎日が日直。「働く大人」の文学ガイド

この連載は、「働く大人」の読者の疲れを癒し、リフレッシュして勤労意欲を高めるのに向いた文学作品のガイド、では断じてない。そうではなく、こちらが文学の世界に単身潜入して、大人の読者に向けてレポートするものである。ここで取り上げるのは、働くということにまつわる、個別の奇妙さ、ヘンテコさ、そこから立ち上がってくる疑問をうじうじと、ひとつひとつ拾っていく、そんな文学や漫画。私たちが毎日そんなことをしていれば、仕事が立ち行かなくなるから、代りに文学がそれをやってくれている。腸内細菌のようなものだが、腸内細菌と違って、なにかの役に立つという保証がないのが文学だったり漫画だったりするのである。そういうものを紹介する連載だ。だから、仕事中にこっそり読んでほしい。

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